入部テストで“ボコボコ”→落選 消えかけた進路…元阪神ドラ1の運命変えた選択|球界群像 湯舟敏郎#5
阪神などで活躍した湯舟敏郎氏【写真:山口真司】元阪神の湯舟敏郎氏は興国高から奈良産業大に進んだ
阪神、近鉄でプレーした左腕・湯舟敏郎氏(野球評論家)は1985年、当時創立2年目の奈良産業大(現・奈良学園大)に進学した。大阪・興国高時代は外野手兼2番手投手だったが、大学では投手に専念することになった。「僕は外野のつもりで入ったんですけど、ピッチャー経験者はみんなピッチャーをやれってことでね」。上級生は1学年上の2年生だけ。チームに投手が不足していた事情もあったという。
高校時代は甲子園どころか、夏の大阪大会3年連続初戦敗退。湯舟氏は外野手としても投手としても、これといった実績を残しておらず、進路に関しても「大学に行けたらいいなぁ、そこで野球を続けらたらなぁって感じでした」という。のちの1990年阪神ドラフト1位左腕だが「その頃はプロなんて全くもって、考えてもいませんでした」と笑った。大学も当初は龍谷大進学を目指したそうだ。
「僕の一つ上に龍谷大に行っていた先輩が2人いたんですよ。1年生からレギュラーを取った人もいたので、もしかしたら、入れてもらえるんじゃないかという、そんな甘い考えを持ってセレクションに行ったんですけど、まぁ、見事、落選で……」。続いて興国・村井保雄監督の勧めもあって社会人野球の新日鉄堺を受けた。「その時はピッチャーとして行ったんですよね。たぶん、向こうからピッチャーで、って言われていたんじゃないですかね」。
しかし、ここもうまくいかなかった。「バッター9人に投げたんですけど、8人の人にすごい当たりをされて……。もうカンカンカンって打たれて。社会人はすごいなぁと思いましたけど、面白くもないですよね。で、最後の9人目の人にはもうゆっくり投げたんですよ。そしたら、なんか泳いでレフトフライかなんかになったんです。キャッチャーの人も僕に何か言わなきゃいけないと思ったんでしょうね。『今の球が一番よかったよ』って……」。
大学でも外野手のつもりが“投手不足”で状況が一変
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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