巨人から2位指名確約「1位は決まっている」 外れ1位で阪神入団…実った相思相愛|球界群像 湯舟敏郎#11
阪神などで活躍した湯舟敏郎氏【写真:山口真司】元阪神の湯舟敏郎氏が振り返るドラフト会議
野球評論家の湯舟敏郎氏は1990年のドラフト会議で阪神に1位指名され、社会人野球・本田技研鈴鹿からプロ入りした。8球団が入札1位で競合した亜大の左腕・小池秀郎投手(ロッテが交渉権獲得→入団拒否)の外れ1位だった。事前に複数の球団スカウトから上位での指名を示唆されたそうだが「関西に戻りたいと思っています」と伝えていたという。そういう意味でも阪神は希望球団であり「うれしかったですね」と当時を思い起こした。
大卒社会人2年目のドラフトイヤーだった1990年、湯舟氏は本田技研鈴鹿のエースとして7月の都市対抗野球大会に出場し、1回戦のNTT北陸戦で完投勝利を挙げるなど、プロスカウト陣から注目左腕と評されるようになった。ようやくプロを意識しはじめ「その頃から、ドラフトにかかるのだったらプロに行こうかなぁって感じだったと思いますね」と語る。
その年の本田技研鈴鹿は10月の社会人野球日本選手権大会(グリーンスタジアム神戸)にも3年ぶりに駒を進めた。初戦(2回戦、10月15日)はNTT関東に5-4。湯舟氏が勝利投手だった。連投で挑んだ準々決勝(10月16日)の東芝戦では打ち込まれ、0-11の7回コールド負けで敗戦投手になったものの、もはやプロからのドラフト上位候補との評価は不変だった。「スカウトの人たちが球場などに見に来られていたのはわかっていました」。
直接ラブコールも受けた。「初めてお会いしたスカウトはダイエー(現・ソフトバンク)の方でした。その次が阪神だったかなぁ」。両球団には縁があった。「本田の高橋監督が法政出身。当時のダイエー・田淵(幸一)監督も黒田(正宏)ヘッドも法政だし、黒田さんは鈴鹿ではなく和光ですけど本田出身ですしね。阪神は田丸(仁)スカウトが法政。僕の奈良産大時代の監督の新田(泰士)さんが(阪神)岡田(彰布)さんの(早大時代の)後輩というつながりもありました」。
阪神が外れ1位で指名「うれしかったですよ」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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