幻に終わった伝説右腕のヤクルト入り「俺の性格から無理」 超一流企業で芽生えた夢|球界群像 山口高志#8
元阪急・山口高志氏【写真:山口真司】山口高志氏は松下電器に入社…野球と仕事がどっちつかずになっていると感じた
初めて芽生えた思いだった。元阪急(現オリックス)投手の山口高志氏は関西大4年時にプロを拒否して松下電器に入社したが、1973年の社会人野球1年目のシーズン終了までに気持ちの変化が起きた。「まだ評価してくれるのならプロ野球でと考えるようになった」。最終的に実現はしなかったが、1972年ドラフト会議で4位指名を受けたヤクルトに入団することまでも模索していたという。
1972年、関西大4年時の第1回日米大学野球選手権(7回戦制)ではオールジャパンのエースとして3勝をマークしてMVPに輝くなど、アマチュアナンバーワン投手と言われながら山口氏はプロ入りを選択しなかった。「野球は楽しくやりたい」という考え方。その点、1969年から1971年にかけて八百長疑惑の“黒い霧事件”で揺れたプロ野球は違う世界に見えすぎた。その時はどうしても気持ちがプロに傾かず、ドラフト前に社会人入りを表明した。
それが社会人1年目に変化した。1972年ドラフト会議ではヤクルトアトムズが4位で山口氏を強行指名。交渉に松園尚巳オーナーが直接出馬しても、首を縦に振らなかったのが「プロでやってみたい」と思うようになった。「松下では事業部の仲間ともすぐに打ち解けた。だけど、周りの仲間が良すぎたからこそ、野球と会社の両立が不安でたまらなかった。このままでは野球も中途半端、仕事も……。こんなのは自分の甘えでしかなかったんですけどね」。
指名から1年後…ヤクルト入り模索も「時間が足りないと思いました」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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