緊急登板直後…阪神左腕を襲った“悪夢” チラつく残像、硬くなる体「何を言っても言い訳」|球界群像 湯舟敏郎#15
阪神時代の湯舟敏郎氏【写真提供:産経新聞社】新庄剛志の守備には「すごく助けられた」
最後の最後で……。巧みな投球術で知られた元阪神左腕の湯舟敏郎氏(野球評論家)が一気に躍進したのは2年目の1992年だ。ノーヒットノーランを達成した6月と、2試合連続完封勝利マークの9月には月間MVPを受賞。シーズンは11勝8敗、防御率2.82の好成績を残した。だが、チームを優勝には導けなかった。ヤクルトと激しいV争いを展開したなか、10月には痛恨のリリーフ失敗の辛酸をなめ、「それは今でも……」と唇を噛んだ。
本拠地・甲子園のラッキーゾーンが撤廃された1992年の阪神は、亀山努外野手と新庄剛志外野手の“亀新フィーバー”でも盛り上がり、あと少しでリーグ制覇というところまでいった。そんな年に、チームでは左腕・仲田幸司投手の14勝に次ぐ、11勝を挙げたのが湯舟氏だ。6月14日の広島戦(甲子園)で史上58人目のノーヒットノーランを達成し、その勢いは加速。「確信ではないですけど、自信を持って投げていたのかも、っていうところでしたね」。
ノーノー達成試合からフォークを多投するようになったという。「(捕手の)木戸(克彦)さんから『ベース板にワンバンになるように投げて来い』と言われたと思う。ショートバウンドでもいいんや、みたいな。そんな思いになったのも、あの(ノーノーの)ゲーム。そこからフォークが勝負球として使えるようになった」。6月は無傷の3勝0敗で月間MVP。さらに終盤の9月も月間MVPと大活躍した。
阪神などで活躍した湯舟敏郎氏【写真:山口真司】「10・7」との同率首位対決で痛恨の投球「非常に悔しい」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜湯舟敏郎編〜
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