“強奪指名”に激怒「黙って持っていく気か!」 会社で門前払い…中日スカウト・法元英明氏の「認識不足」|球界群像 法元英明#8
中日でプレーした法元英明氏【写真:山口真司】中日は1969年ドラフト4位で松本幸行を指名…事前挨拶なしで、会社側は激怒
門前払いから始まった。7月25日のドラゴンズ初のOB戦で総監督を務める元中日外野手の法元英明(ほうもと・ひであき)氏は、1968年限りで現役引退してスカウトに転身した。右も左もわからない世界で、最初に1人で担当した選手は、デュプロ印刷機から1969年ドラフト4位で中日入りした松本幸行投手だ。1974年に20勝をマークして中日優勝に貢献した左腕だが、入団交渉は当初、大難航したという。
中日伝説のスカウトと言われる法元氏だが、スタートから辣腕ぶりを発揮したわけではない。「スカウトをやることに決めて、選手を見に行くのはうれしいと思ったけど、この仕事はそんなものじゃなかった。交渉というのはね、選手をやめたばかりの人間にとってはさぁ……。いやぁ、つらかったなぁ。はじめのうちは……」。スカウト1年目のドラフト会議では、2位の右腕・渡部司投手(石川島播磨重工業)と4位の左腕・松本が担当選手だった。
「渡部は他のスカウトと一緒に担当。1人で担当したのは松本が最初だった。(当時の中日監督の)水原(茂)さんに『法元よ、左を連れてこい。左はどんなヤツでもいいから』って言われて、左を必死になって探した。それで(デュプロ印刷機の)松本を見つけた。背が高い。投げ方も悪くない。球は来ない。どこの球団も対象にしてへん。でも先発で、けっこう試合も作るんだわ。22歳で大商大付属高校出身。面白いなと思った」
1年生スカウトはあまり深く考えずにリストに入れていたという。事前にデュプロ印刷機サイドに挨拶することもなく「とりあえず名前を挙げておけばいいかって思った。未熟だったからね」。結果、中日はドラフト4位で松本を指名。「その時も電話して『ドラフトであげたので、よろしくお願いします』。こんな感じやった。松本は『いやぁ、ちょっと……。いっぺん来てください』みたいな応対だったんだけどね」。この時点ではまだ状況を理解していなかった。
1年目の法元英明スカウトが謝罪…「道を踏み誤ってしまいました」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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