中日ドラ2指名に激怒「もう来ないで」 拒否→進学打ち出すも…大逆転呼んだ“密会”|球界群像 法元英明#13
中日でプレーした法元英明氏【写真:山口真司】1977年ドラフトで中日は小松辰雄を2位指名も…拒否→進学を打ち出した
感激の入団OKだった。中日元外野手で伝説のスカウト・法元英明(ほうもと・ひであき)氏がドラフト指名後に急きょ担当となって動いたのが、石川・星稜高の小松辰雄投手(現・中日OB会長、野球評論家)だ。1977年ドラフト2位。ハンパない剛速球で甲子園を沸かせた右腕は「2位」に納得がいかず、入団拒否→駒沢大進学を打ち出していた。そんな状況で法元氏は“助っ人スカウト”に指名された。誠意と粘りの交渉で、逆転中日入りに導いた。
1968年シーズン限りで現役引退してスカウトに転身した法元氏は年々、存在感を増していった。1975年の同志社大・田尾安志外野手、1976年の滋賀・堅田高・都裕次郎投手と、2年連続で担当選手がドラフト1位になった。1977年ドラフト1位は日本鉱業佐賀関の右腕・藤沢公也投手(入団は翌1978年ドラフト前)で法元氏の担当ではなく3年連続はならなかったものの、この年も“実質1位”の小松担当として結果を出した。
当時の法元氏の担当エリアは関西地区中心で、北陸地区の小松に最初から張り付いていたわけではない。甲子園で活躍したスター選手だから、その力量はもちろん、よくわかっていたが、そんな右腕に関しても“出番”となったのはドラフト会議後だった。2位指名に憤慨した小松はそれまでの中日の担当スカウトからの電話に「大学に行って、1位に指名される選手になるので、もう来ないでください」と入団拒否の姿勢を示すなど交渉は超難航していた。
マスコミの目を盗んで車で富山県へ…料亭で2人きりの会談
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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