公衆の面前で監督が激怒「チャラチャラしやがって」 田村勤氏の決断…先輩との“決別”|球界群像 田村勤#7
元阪神・田村勤氏【写真:山口真司】横手投げに転向した田村勤氏に…指揮官から突然の呼び出し
元阪神クローザーの左腕・田村勤氏は駒沢大時代までオーバースローだったが、社会人野球・本田技研に進んでからサイドスローになった。「嫌でしたよ。でも(本田技研の)田代(克業)監督に『サイドにしないと使わない』って言われたので……」。これが野球人生の流れを大きく変えた。再び、目標のプロ入りに向かって走り出した。だが、ここでの道のりも平坦ではなかった。東武東上線成増駅構内の喫茶店ではスペシャルな“喝”も入れられたという。
駒沢大ではリーグ戦通算3勝に終わった田村氏は恩師の駒大・太田誠監督の勧めで1988年、本田技研入りした。「大学ではやらされた練習しかしていないだろう。社会人はな、思ったことをやったらいいんだ」と田代監督に優しい声も掛けられての再スタート。指揮官には「あわよくばプロに行きたいと思っています」との夢も打ち明けての出直しだったが、結果は大学時代とあまり変わらなかった。「社会人でもノックアウトを食らったりとか……」。
そんな社会人1年目の秋、サイドスローへの転向を命じられた。「田代さんがコーチとも相談して、そうした方がいいということでね。『お前はもう横にしろ、そうでなければもう使わん』とまで言われました」。ショックだった。そして、少年時代に何度も聞いた父・甲子夫さんの言葉が、自然とよみがえった。「親父には“江川になれ、江夏になれ”って言われていましたからね。あの頃は、なんで“江”ばかりつく人なんだろう、なんて思ったこともありましたけど……」。
指揮官の“喝”受け練習に専心…ひたすら走り込んだ
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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