1軍登板ゼロ→阪神戦力外 引退試合の提案も固辞…確信した“新天地”での復活|球界群像 田村勤#14
阪神で活躍した田村勤氏【写真:山口真司】田村勤氏は“野村阪神”1年目に40登板…酷評されながらも重用された
阪神の元守護神・田村勤氏はプロ9年目の1999年に40登板、1勝1敗1セーブ、防御率4.64の成績を残した。前年の1998年は左肩を痛めて1軍どころか、2軍でも登板できなかったのが、またまたの復活だった。しかし、浮き沈みの激しい野球人生は非情だ。翌2000年は再び不調に陥り、1軍登板ゼロで戦力外を通告された。それでも田村氏は諦めなかった。現役にこだわった。新天地・オリックスへの道をたぐり寄せた。
1999年シーズン、阪神監督に野村克也氏が就任した。前年は左肩痛のため、登板なしに終わっていた田村氏だが、体制が変わって、またチャンスをつかんだ。5月下旬に1軍昇格。「僕はストレートとスライダーだけ。野村さんには『その年齢(1軍復帰当時は33歳)になって、それだけって、今まで何やっていたんや!』とよく言われましたけど、使ってくれたんですよ」。同じ左のサイドスローとして遠山奬志投手もいたなかでの起用だった。
「どっちかというと、遠山が主体で(巨人の)松井(秀喜外野手)とかに使われて、僕は松井以外の左バッターとか“脇役”をやっていた感じでしたね」。過去には“松井殺し”の実績もあり、元守護神でもあった田村氏だからプライドも傷つくところだろう。だが、そんな部分はかけらも見せず、やれることに全力を尽くした。
1軍登板ゼロの2000年オフに戦力外通告…現役にこだわりテスト経てオリ加入
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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