苦悩のドラ1「野球を見たくない」 怪我人リストで1位…避けた昼食「選択肢なかった」|球界群像 的場寛一#13
元阪神・的場寛一氏【写真:山口真司】的場寛一氏は2年目オフに左膝の靭帯移植手術…背番号は2から99に変更
2003年、星野仙一監督率いる阪神は1985年以来、18年ぶりのリーグ優勝を成し遂げた。キャッチフレーズの「ネバー・ネバー・ネバー・サレンダー」、闘将の名文句である「勝ちたいんや」……。大フィーバーが巻き起こった中、1999年ドラフト1位(逆指名)の的場寛一氏は一度も1軍に呼ばれなかった。「2軍では僕の方が打っているのに他の選手が上がったり……。なんでって思う時もありました」。悔しさしかなかった。
的場氏は2年目の2001年オフに左膝の靱帯移植手術を受けた。「編成会議で星野さんが僕の状態を聞いて『クビにせい!』と言ったそうですけど、(2軍監督の)岡田(彰布)さんが『いや使えます』と言って必死に止めてくれたと聞きました」。背番号は「2」から「99」に変わって残留できたが、3年目の2002年は手術後のリハビリ期間。「キャンプも行っていません」。巻き返したくても巻き返せない現実はつらいものだった。
「あの年は野球を見たくなかった。1軍のナイターも、ファームの試合も見たくなかった。俺って何しているんやろって思いました。(2軍本拠地の)鳴尾浜に怪我人リストがあってホワイトボードに書かれるんですよ。名前と怪我の部位と今の状態とかを。治って合流したら名前が消えていくんですけど“的場寛壱”(大学3年頃から2004年まで登録名は「的場寛壱」)だけいつもトップ。ザ・ベストテンの1位みたいな感じで『全然消えへんなぁ』『トレーナールームの主やな』とかいじられて……」
阪神は2003年にリーグVも的場氏は出番なし…抱いた思い「オレを使ってくれよ」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜的場寛一編〜
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