「天井に全部貼れ」監督から仰天指令 阪神ドラ1の覚醒呼んだ“レジェンド右腕”の写真|球界群像 上田二朗#8
阪神で活躍した上田二朗氏【写真:山口真司】上田二朗が模倣した南海のレジェンド・杉浦忠「私の心の支え」
徹底的に真似した。1973年に阪神で22勝を挙げた上田二朗氏(野球評論家)は1966年の東海大進学後、メキメキと力をつけていった。和歌山・南部高2年夏(1964年)から取り組んだ下手投げも大学で進化したが、これには東海大・岩田敏監督からの指令が大きく関係していた。1959年に38勝4敗の成績を残すなど、“史上最強のアンダースロー”と呼ばれた南海・杉浦忠投手の投球フォーム写真を部屋中に貼れというものだった。
1966年、東海大1年の上田氏はいきなり首都大学春季リーグ開幕戦先発を任され、完投勝利を挙げた。入寮した時に岩田監督から開幕投手に指名されており、期待に応える快投だった。「その春のシーズンは4勝したと思う。秋も投げさせてもらって1年間でも結果が出ましたね」。1965年の高3夏、和歌山大会準々決勝で市和歌山商戦に完投勝利を飾って注目を集めたものの、2番手投手。そんな右腕が大学入学と同時に素質を開花させた。
飛躍を呼んだ要因の1つが、杉浦の写真だ。実は岩田監督に開幕投手を命じられた時に併せて、こんな指令も出されていた。「お前は知っているかどうか知らんけど、東京6大学(立大)に杉浦忠というものすごいピッチャーがおったやろ。今、南海ホークスで活躍しているけどな。杉浦の投げ方にお前はよく似ている。新聞社から杉浦の分解写真を何枚でも取り寄せてやるから、天井や壁に全部貼れ。寝ても覚めても杉浦の写真を見ろ!」。
杉浦氏本人に「ずっと真似させてもらって結果が出るようになりました」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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