不祥事で消滅した対外試合 甲子園に「興味なし」も…球団から打診された“転校”|球界群像 加藤伸一#5
南海、広島などでプレーした加藤伸一氏【写真:山口真司】高校時代は3登板も…プロスカウトから注目受けた加藤伸一氏
南海・ダイエーなど4球団でプレーした加藤伸一氏(KMGホールディングス硬式野球部監督)は鳥取・倉吉北時代、日本ハムを除くプロ11球団から注目された右腕だ。高1夏から部内不祥事続きで対外試合禁止期間がほとんど。高2秋の時点で高3時の実戦登板の機会も失ったが、スカウト陣は魅力たっぷりのストレート、切れ味抜群の変化球、安定した制球力などから将来が楽しみな逸材と評価した。2球団からは転校→球団職員プランも提案されたという。
倉吉北での加藤氏が公式戦に登板したのは、わずか3試合だけ。1982年の高2の秋には、引退した3年生の他校との乱闘事件によって、1年間の対外試合禁止を受け、事実上、そこで高校野球は終わった。それでも野球を諦めることなく、社会人野球入りを目指して、野球部の仲間数人だけで放課後練習に励んだところ、プロスカウトが続々と見に来るようになった。「最初に来られたのが南海のスカウトでした」。そこから噂が噂を呼んだようだ。
「今みたいに情報がない時代だからこそ、そういう噂って想像が膨らむんじゃないですかね。最初の南海は、地元で元高校野球の監督をやられていた方が飲食業をやられていて『ちょっといいピッチャーがいるから何かのついでに見ていってもいいんじゃないか』と言われたみたいです。まぁ軽い気持ちで三朝温泉や、皆生温泉もあるし、1泊しておいしいものを食べて、ちょっと見に行ってみようか、ぐらいで来られたと思いますよ」
加藤氏は高2夏の鳥取大会で2試合に登板。その時から評価していたスカウトもいたし、ブルペン投球などを見ただけでも引きつけられる逸材だったということだろう。「カーブ、真っ直ぐのコントロールには自信がありました。(捕手が)構えたところにアウトローいっぱいストライク、アウトローにボール、もう1回ストライク、次、ボールって感じでね。逆球なんかなかった。何球連続できるか、って遊びでやっていました」。
南海をきっかけとして11球団が見に来た。「手元で球がピュッといっていたのは自分でもわかっていましたが、他よりいいのか、悪いのかは……。試合していればわかるかもしれないけど、そうじゃないのでね。あの頃はスカウトがビデオを撮るという時代でもなかったし、ミットを持って受けにこられたスカウトもいましたよ。まぁ何でもありの時代でしたよね」。プロスカウトたちは獲得に向けて本腰を入れて動きはじめた。
見なかった甲子園「あまり興味もなかった」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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