乱闘で退場…招待した母親から「恥ずかしかった」 球団初のFA入団も待っていた“悪夢”|球界群像 加藤伸一#23
近鉄時代の加藤伸一氏【写真提供:産経新聞社】加藤伸一氏は近鉄球団初のFA加入選手として期待されたが、右肘痛を発症
またもや怪我が……。NPB通算92勝右腕の加藤伸一氏(KMGホールディングス硬式野球部監督)は、近鉄球団初のFA加入選手でもある。オリックスで11勝を挙げた2001年のオフに移籍した。背番号は「14」。12月に都ホテル大阪で入団会見が行われ、新たな気持ちでプロ19年目、2002年シーズンに挑んだ。自主トレ、キャンプ、オープン戦と無難に乗り切り、近鉄・梨田昌孝監督の期待通りに開幕ローテーション入りを果たした。だが、4月に“悪夢”が待っていた。
2001年オフにFA宣言した加藤氏は、阪神、ロッテ、近鉄、ダイエー、メッツ、レンジャーズに、残留を求めるオリックスの日米7球団からラブコールを受けた。熟考の末、選んだのはその年にパ・リーグを制覇した近鉄だ。7球団中、一番長い3年契約提示が決め手になった。「やっぱり1年でも長く野球がやりたかったし、100勝という目標もあった」。その時点で通算84勝。3年あれば、の計算だったが、移籍1年目(2002年)の最初の登板で誤算が生じた。
開幕2カード目の初戦、4月1日の西武戦(大阪ドーム)での先発を任されたが、アレックス・カブレラ内野手に2本塁打を浴びるなど、1回2/3、6失点でKOされて敗戦投手。実は初回の途中に右肘を痛めていた。「肘がロックしちゃって……」。加藤氏はオリックス時代の2000年に佐藤義則2軍投手コーチから肩に負担がかからないフォームを学び、2001年に11勝を挙げた。何度も悩まされてきた右肩痛が起きなくなったところでの右肘の異常だった。
南海、オリックスなどでプレーした加藤伸一氏【写真:山口真司】7月に右肘遊離軟骨除去手術を受け、近鉄1年目はわずか2登板に終わった
近鉄2年目は6勝。6月10日のオリックス戦では乱闘で退場処分を受けた
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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