シャワー中なのに…突如現れた名将 まさかの交代撤回、続投の先に待っていた“地獄”|球界群像 加藤伸一#21
オリックス時代の加藤伸一氏【写真提供:産経新聞社】加藤伸一氏はオリックス移籍1年目、右肩の状態が思わしくなく出遅れた
南海・ダイエー、広島を経て加藤伸一氏(KMGホールディングス硬式野球部監督)は1999年からオリックスに移籍したが、新天地でも山あり谷ありだった。ブルーウェーブ1年目は右肩の状態が思わしくなく開幕2軍スタート。1軍昇格は6月で6勝に終わったが、3完封、3無四球完投を含む4完投とインパクトのある活躍を見せた。だが、移籍2年目は3勝6敗。思わず「一生忘れない」と口にするほど、歯がゆい出来事もあったという。
1998年のオフに広島を自由契約になった加藤氏は、巨人、阪神など7球団から誘われた中、南海時代の恩師・河村英文氏が1軍投手コーチに就任したオリックス入団を選択した。1997年オフの契約更改時に大減俸を了承する代わりに翌年オフの自由契約を約束してもらい、カープでのラストイヤーに8勝6敗、防御率2.99の成績を残した右腕は、新天地でのプロ16年目、1999年シーズンに意気込んだ。
出足は思うように進まなかった。「ちょっとまた肩が良くなかったんです。(2月の沖縄)宮古島キャンプでは、ブルペンでキャッチャーを座らせて投げることができなかったくらいでした」。広島時代同様に、先発として期待されながら、大きく出遅れた。開幕からも2軍での調整が続いた。ようやく1軍に上がれたのは6月に入ってから。移籍後初登板は6月3日のダイエー戦(神戸)で3-6の9回に3番手で登板して1回1失点だった。
南海、オリックスなどでプレーした加藤伸一氏【写真:山口真司】オリックス初勝利は7月9日の近鉄戦 恩師・河村コーチと抱き合って喜んだ
移籍2年目は3勝6敗とまた試練 夏場には屈辱、仰天の登板もあった
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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