甲子園で散った最後の夏…「ホッとした」 待っていた“別れ”…広がった「忘れぬ」光景|球界群像 紀藤真琴#7
広島などで活躍した紀藤真琴氏【写真:山口真司】元広島・紀藤氏が語る最後の甲子園「みんなが泣いた」
広島市西区の株式会社EJフィールド代表取締役の紀藤真琴氏(元広島、中日、楽天投手)は、中京高(現・中京大中京)3年の1983年夏、甲子園大会に出場した。これが自身3度目の聖地だったが、レギュラー右翼手として挑んだのは初めてで、色々なことがあったという。負け覚悟で荷物をまとめた試合、従わなかった監督指示……。準々決勝敗戦後のミーティングでは「みんなが泣きました」と回顧した。
甲子園は1982年の高校2年時に春夏連続で経験していた紀藤氏だが、その時は、エース・野中徹博投手(元阪急・オリックス、中日、ヤクルト)の控えで、出番もわずかだった。その点でも1983年の高校最後の夏は違った。「5番・右翼」で出場し全国の舞台で思う存分プレー。1回戦は北陸(福井)に11-1で快勝し、スタートも上々だった。だが、2回戦の岡山南(岡山)戦前日には早くも負けを覚悟していたという。
「前の日に(杉浦藤文)監督に言われたんですよ。『明日の岡山南の横谷(総一投手、元阪神)は146キロ出て、スライダーがすごいピッチャーだから、もう荷物をまとめておけ』ってね。野中と一緒の部屋で、荷物をまとめたのを覚えています」。そして迎えた試合当日。前日の監督発言で、中京ナインは奮い立ったのか、初回に6点を奪い試合の主導権を握り、8-3で勝利した。
「横谷の球は確かに速いなと思いましたよ。1球目、キレのある高めのストレートが来てファウル。でも、その後、バーンとセンター前か何か打ったのかな」と紀藤氏は振り返る。「監督にそんなことを言われたから(点が)取れたのかもしれませんね」と話したように、ナインの気持ちをより攻撃的に動かした杉浦監督の狙い通りだったのかもしれない。ただ、紀藤氏にとってはほろ苦い出来事も。この大会で唯一、リリーフでマウンドに上がったが散々な内容に終わった。
試合後のミーティングで監督が退任を表明
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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