引退よぎるも中日からトレード打診 「冗談半分」のはずが…“闘将”から「お前が欲しい」|球界群像 紀藤真琴#23
中日入団会見に出席した紀藤真琴氏【写真提供:産経新聞社】紀藤真琴氏が振り返るプロ17年目のトレード
2000年オフに紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は広島から中日に移籍した。右腕・鶴田泰投手との交換トレードだった。1983年にドラフト3位で広島に入団し、リリーフでも先発でも結果を出してきたが、17年目のシーズンを終えたところで愛着あるカープを離れ、故郷・名古屋での新生活をスタートさせた。「最初は冗談半分の話だったんですけどね」と移籍の舞台裏を明かした。
広島は1999年シーズンからOBで名捕手の達川光男氏が1軍監督に就任した(監督時代の登録名は達川晃豊)。前年(1998年)の三村敏之監督体制では2軍監督を務めており、そこからの昇格だった。紀藤氏にとっても、かつてバッテリーを組んだ先輩捕手。もう一花咲かせようと力も入ったが、もはやベテランの域に入った右腕の立ち位置は微妙なものだった。
1999年はリリーフ要員として開幕を迎えた。4月27日の横浜戦(横浜)から4月30日の阪神戦(甲子園)まで4連投があるなど、若手に戻ったように投げたが、5月上旬に2軍落ち。1軍復帰の5月26日の巨人戦(福岡ドーム)で、この年初めて先発マウンドに上がると2安打完封勝利、続く6月2日のヤクルト戦(宮城)も8安打完封勝利と力を発揮したが、波に乗ることはできなかった。これには葛藤もあったという。
元広島・紀藤真琴氏【写真:山口真司】決断した中日入り「こんな俺でも欲しいと言ってくれる」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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