大先輩から突然の“呼び出し” 感じた差…一振りで告げられた「2、3年で終わる」|球界群像 達川光男#12
元広島・達川光男氏【写真:山口真司】達川光男氏は1977年ドラフト4位で広島入り、背番号は「40」
元広島正捕手で広島監督も務めた達川光男氏は1977年ドラフト4位でカープ入りした。広島市出身で幼い頃から大ファンの球団の一員となり、張り切ったのは言うまでもない。しかも監督は小学生時代に家までサインをもらいにいった古葉竹識氏だ。だが、宮崎・日南キャンプでプロとの差に愕然となる。広島県立広島商の先輩である三村敏之内野手からは「何でプロに来た」とまで言われたという。
広島入りした達川氏の背番号は「40」に決まった。「高橋慶彦(内野手)の後でしたね。私らのクラスはもう無条件ですよ。与えられたら何番でも、それが当たり前だと思っていました。選べるんだったら、選びましたけど、別に言われなかったしね」。1977年シーズンまで「40」をつけていた高橋が「2」に変更となり、空いたばかりだった。1992年までつけ続け、名捕手・達川氏の代名詞的な数字になった「40」だが、そんな形で手に入れたものだった。
当時の広島には水沼四郎捕手と道原裕幸捕手の実績ある2人の捕手がいた。達川氏はそこに割って入らないといけないのだから、さらなる精進が必要になる。気合を入れ直して臨んだ1978年のプロ1年目の宮崎・日南キャンプ。その1軍宿舎で広商の先輩でもある三村内野手に声をかけられたという。「『ちょっと来い』って部屋に呼ばれて、バットとストッキングと手袋を渡された。『これ、持って帰れ』って」。
超大物左腕・江夏投手の身の回りの世話係も…食後にはケーキを用意
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜達川光男編〜
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