祝勝会の記憶もなし「壊れる寸前」 大きな代償も…支えた亡き剛腕の“座右の銘”|球界群像 紀藤真琴#16
1991年、力投する元広島・紀藤真琴氏【写真提供:産経新聞社】元広島・紀藤氏が振り返る1991年のリーグ優勝
1991年シーズンは山本浩二監督率いる広島がセ・リーグを制覇した。紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は当時、プロ8年目の右腕でVメンバーの1人だ。ほとんどが中継ぎで36登板、3勝3敗、防御率4.44の成績。プロ5年目からは毎年フル回転しており、コンディションは万全ではなかったが、与えられた場面で懸命に投げた。泣き言は言わなかった。弱気にはならなかった。先輩のことを思えば……。その一心だった。
プロ8年目の紀藤氏は、開幕3戦目の4月10日の中日戦(ナゴヤ球場)での中継ぎ登板からスタートした。当時の中継ぎは複数イニングを投げるのが当たり前で、この年も1イニングで終わるのが珍しいくらいの使われ方だった。「もう大変でした。終盤に優勝のチャンスが出てきたら首脳陣からやっぱりムチも入るわけですけど、自分の場合は(それまでにも)何年も投げてきましたからね……」と振り返った。
この年のセ・リーグは、星野仙一監督体制の中日がトップを走っていたが、広島が9月に入ってひっくり返した。9月10日からの中日3連戦(ナゴヤ球場)に3連勝して首位に立ち、その勢いをキープして、10月13日の本拠地広島市民球場での阪神とのダブルヘッダー第2試合に1-0で勝利し、5年ぶりのリーグ優勝を決めた。
広島で活躍した紀藤真琴氏【写真:山口真司】特別な存在だった“炎のストッパー”「だから頑張れた」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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