「息子さんに手を」母に謝罪した伝説の左腕 神宮のベンチ裏で…覚醒促した“愛の鉄拳”|球界群像 大野豊#4
広島で活躍した大野豊氏【写真:山口真司】大野豊氏の2年目、1978年に江夏豊氏が広島に加入「僕を変えてくれた」
「サクラサク ユタカ」。元広島投手で野球評論家の大野豊氏は、プロ2年目の1978年シーズン前に島根県出雲市に住む母・富士子さんに電報を打った。開幕1軍を勝ち取った知らせだった。ルーキーイヤーは防御率135.00の屈辱的な成績に終わったが、そこから巻き返した。憧れの左腕との出会いが大きなきっかけだった。南海から金銭トレードで広島に移籍した江夏豊投手の指導によって、大野氏は成長した。
それはプロ2年目の宮崎・日南キャンプからスタートした。「江夏さんが僕を大きく変えてくれた。いろいろなことを学ばせてもらった。プロでやっていく上で、自分にとって非常にプラスになる出会いでした」。巨人・王貞治内野手、長嶋茂雄内野手を真っ向勝負で抑える阪神・江夏投手は大野氏にとって憧れの人。出雲市信用組合時代の背番号28は江夏氏の阪神時代の背番号にあやかっていたほど。そんな雲の上の人に教えてもらうだけでも夢のような出来事だった。
「フォームは変わりました。以前は右腕が高く上がって、左肩が下がる、目標は脇から見るような投げ方、シーソー運動みたいな感じだったんですが、それでは無駄な動きが多いということでね。肩のラインをスクエアにして脇からではなく、肩のラインから目標を見てみようってことで、右腕は非常に下げられましたね。するとコントロールがよくなって安定してきたんです」
開幕1軍切符を掴み、出雲の母に電報で「サクラサク ユタカ」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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