進学校に敗れ往復ビンタ…46年前の忘れぬ“制裁” 休日は年1回、毎日乗った最終バス|球界群像 白武佳久#2
広島のスカウト統括部長を務める白武佳久氏【写真:山口真司】白武佳久氏は佐世保工2年秋からエース…九州大会4強も選抜に出場ならず
元広島、ロッテ投手の白武佳久氏(広島スカウト統括部長)は1978年の長崎・佐世保工3年夏に甲子園出場を果たした。これは悔しい春を乗り越えてのことだった。1977年の2年秋に九州大会に出場し、4強入りしながら翌春の選抜に4校出場の九州地区代表から落選。「(甲子園に)行けるとは思っていたし(佐世保工・得永祥男)監督は無茶苦茶怒っていましたからね」。加えて春の長崎での公式戦で進学校にまさかの敗戦。往復ビンタを食らった苦い思い出もあった。
佐世保工時代の白武氏は1976年の1年夏まで毎日バッティングピッチャーを務め、ベンチには入れなかった。この年の夏の甲子園に出場したのは海星高校。エースは“サッシー”と呼ばれた酒井圭一投手で、長崎大会3回戦の島原中央戦で16連続奪三振を記録、甲子園でもベスト4まで勝ち進んだ。同じ県に出現した怪物投手に白武氏が刺激を受けたのは言うまでもない。「長崎大会のスタンドで海星の試合を見ていました。すごいピッチャーだなって思いましたね」。
酒井氏はヤクルトに1976年ドラフト1位で入団、現役引退後はスカウトにもなり、白武氏はスカウト同士で顔を合わせ「よく話をしましたよ。思い出しますねぇって言ってね」というが、高校時代には話すことなんてできるわけもない。偉大すぎる目標の投手だった。1年秋からベンチ入りした白武氏だが、秋の長崎大会は準決勝で諫早に敗戦。1977年の2年夏は酒井氏の1年後輩の平田勝男内野手(現阪神ヘッドコーチ)がいた海星に準決勝で敗れた。
3年春のNHK杯で進学校に苦杯…並んだ選手が食らった“往復ビンタ”
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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