自ら申し入れた引退「最後でいいかな」 “最終打席”は拒否…1年で終わったヤクルト生活|球界群像 濱中治#18
ヤクルト時代の濱中治氏【写真提供:産経新聞社】濱中治氏は2011年、ヤクルトで5試合出場…8月に引退を申し入れた
現役生活に自らピリオドを打った。濱中治氏(野球評論家、関西独立リーグ・和歌山ウェイブスGM)は2010年にオリックスを戦力外となり、ヤクルトへ移籍した。しかし、2011年は5試合の出場で13打数2安打の打率.154、0本塁打、0打点と力を発揮できずじまい。8月には自ら球団に引退を申し入れた。2軍でも持ち味のホームランを1本も打てなかったことが辞める理由のひとつになったという。
3月11日に東日本大震災が発生した2011年。プロ野球は4月12日にセ・パ同時開幕となった。ヤクルトは宇部での巨人戦からスタートし、新加入の濱中氏は「3番・左翼」でスタメン出場した。7回表に先頭打者で、そこまでノーヒット投球の巨人先発・東野峻投手から中前打を放つなど4打数1安打とまずまずの“ヤクルトデビュー”だった。だが、チャンスは多くなかった。
その後にスタメンで起用されたのは4打数無安打の翌13日の巨人戦(北九州)と、3打数1安打の17日の横浜戦(神宮)だけ。22日の広島戦(マツダ)は代打で出て左翼守備に就き、1打数無安打1四球。23日の同カードは途中出場で左翼を守り、1打数無安打。27日には登録を抹消された。結局、ヤクルトでの1軍出場はこの5試合だけ。17日の横浜戦の2打席目に山本省吾投手から放った中前打が現役ラストヒットになった。
2軍でも打てなかったHR「統一球になった年で、ボールも飛ばなくなって…」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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