ムカついた中日指揮官からの“圧力” 納得いかない起用法…ぶちまけた怒り「ボケー」|球界群像 山崎武司#14
1999年9月26日の阪神戦で逆転サヨナラ3ランを放った山崎武司氏(中央)【写真提供:産経新聞社】山崎武司氏は1999年9月26日の阪神戦で逆転サヨナラ3ランを放った
元中日主砲の山崎武司氏(野球評論家)が1999年9月26日の阪神戦(ナゴヤドーム)で放った逆転サヨナラ3ランは、語り継がれる劇的アーチだ。打った次の瞬間にはホームランを確信して歓喜の“バンザイX立ち”。優勝へのマジックナンバーを5にして中日をリーグ優勝に大きく前進させ、ファンを大熱狂させた。加えて、ベンチの星野仙一監督に向かって「オッサン、ボケーッ……」と大絶叫。意地の一発でもあった。
山崎氏はプロ10年目の1996年に39本塁打を放ち、初のタイトルを獲得した。打率.322(リーグ4位)、107打点(同2位)と打撃3部門で結果を残して大ブレークしたが、翌1997年は打率.257、19本塁打、54打点と成績を落とした。原因ははっきりしていた。この年はナゴヤドーム元年。「ナゴヤ球場からナゴヤドームでしょ。広くなって振らなきゃ飛ばないという感じでやって、やっぱりどうしてもオーバースイングになっていたと思う」。
その年の中日は最下位。山崎氏だけでなく、中日攻撃陣は“新本拠地”に戸惑った。チーム本塁打数は1996年の179本から115本に激減。チーム打率も.278から.243に下がった。このままではいけない。星野監督は広いナゴヤドームでの野球を考え、中日・大豊泰昭内野手、矢野輝弘捕手と阪神・久慈照嘉内野手、関川浩一外野手の2対2の交換トレードを成立させた。山崎氏もこう振り返る。
元中日・山崎武司氏【写真:山口真司】「星野はわややなぁ」救われた島野ヘッドコーチの言葉
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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