上がらぬ肩、イップス…落合監督から「技術がない」 名手が抱えた苦悩「やり直そう」|球界群像 荒木雅博#14
中日時代の荒木雅博氏【写真提供:産経新聞社】元中日の荒木雅博氏は2004年から6年連続GG賞獲得
ゴールデン・グラブ賞を6回受賞の元中日内野手・荒木雅博氏(野球評論家)は現役時代、右肩痛にずっとつきまとわれていた。「プロ2年目(1996年)だったかな、2軍でヘッドスライディングをして痛めました。そこから最後まで肩は痛いままでしたね」。それも関係して一時期、内野守備で送球難に陥ることがあったが、その状況をも打破して名手の道を突き進んだ。この裏にはオレ流指揮官からの痛烈なひと言があったという。
荒木氏はプロ6年目(2001年)に111試合に出場して1軍に定着。7年目の2002年は131試合出場し、シーズン後半からは二塁レギュラーの座もほぼ手中にし、初めて規定打席にも到達した(打率は.259)。8年目の2003年は初の開幕スタメン、3月28日の巨人戦(東京ドーム)に「8番二塁」で出場し、4打数1安打。4月16日の横浜戦(鹿児島)では1-3の9回表に右腕のマット・ホワイトサイド投手から逆転満塁1号本塁打もかっ飛ばした。
「打ちましたねぇ。覚えていますよ。ホワイトサイドからですよね。僕は(通算で)34本しか打っていませんけど、満塁ホームランは2本。割合はすごいですよ。まぁ、早い時期に打っただけで、たまたまですけどね」と笑いながら話した。この年は133試合に出場し、2年連続規定打席に到達しての打率.237、3本塁打、41打点、16盗塁。打率こそ前年よりも下回ったが、打点は前年の18から倍以上に増やした。
その一方で、内野守備に関してはこの頃から送球イップスに悩んでいた、とも言われている。これについて荒木氏は「そもそも肩が痛かったからですねぇ。言い訳もしたくないし、最後まで痛いとは言わなかったですけど……」と言い「まぁ、あれは、みんなイップスというと心(の問題)って言うけど、バッティングで打てないのと一緒の感じですかね」と続けた。
2年目のヘッドスライディングで右肩を痛めた
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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