中日監督に閉ざされた“道”「逃げたかった」 名手が覚えた恐怖…許されなかった安住|球界群像 荒木雅博#20
中日時代の荒木雅博氏【写真提供:産経新聞社】元中日の荒木雅博氏&井端弘和の「アライバ」コンビ
元中日の名内野手・荒木雅博氏(野球評論家)はプロ15年目の2010年、二塁手から遊撃手にポジションを変えた。落合博満監督の意向によるもので、井端弘和内野手との“アライバ二遊間コンビ”が逆になった。慣れによる足の動きなどを懸念されてのことで「ホントは逃げたかったですよ」と苦笑するが、それも練習でカバーしてやり切った。オレ流指揮官にうまく乗せられた形だが、この年は大嫌いだった右腕も“落合アドバイス”で攻略できたという。
アライバコンビの守備位置入れ替えは、荒木氏がプロ14年目の2009年に実現予定だったが、この時は自身の開幕前の足の負傷と井端氏の目の不調で公式戦では先送りになった。「あれは井端さんもそうですけど、僕の怪我もあったんですよね。コンバートって怪我がつきものだなってその時に思いましたね。やっぱり(二塁とは)違う動きになってくるとね。相当、練習を積んでいかないと、って思いましたね」。
2009年は二塁を“続行”し、打率.270、2本塁打、38打点、37盗塁。ゴールデン・グラブ賞は6年連続で受賞した。だが、落合監督は2人のコンバートを諦めていなかった。2010年シーズンで再チャレンジとなった。荒木氏は足を痛めて出遅れたが、開幕9試合目の4月4日の阪神戦(ナゴヤドーム)に代打で出場して、そのまま遊撃の守りについた。井端氏は開幕当初、遊撃だったが、開幕6試合目から二塁を守っており、ついにアライバコンバートが成立した。
取材に応じた元中日・荒木雅博氏【写真:木村竜也】二塁から遊撃挑戦も「居心地のいいところで野球をやりたかった」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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