痛恨の“サインミス”…監督からベンチで「知らんぷり」 一発でV貢献も、忘れられぬ光景|球界群像 羽田耕一#10
近鉄で活躍した羽田耕一氏【写真:山口真司】羽田耕一氏は近鉄時代に「江夏の21球」を経験
西本幸雄監督率いる近鉄は1979年、球団初のパ・リーグ制覇を成し遂げた。前後期制の前期に優勝し、後期優勝の阪急とのプレーオフを制した。羽田耕一氏はその時のV戦士のひとり。セ・リーグを制した広島との日本シリーズでは、語り継がれる第7戦9回裏の「江夏の21球」で敗れたものの、その回の先頭打者として中前打を放って気を吐いた。「あの時は僕の読みが正しかったんですよ」など大勝負の舞台裏を回顧した。
1979年の羽田氏は119試合、打率.274、13本塁打、49打点。前年(1978年)に痛めた右肘の状態は万全ではなく、三塁守備では2年連続20失策と苦しんだが、打撃3部門は前年の打率.239、9本塁打、47打点より、わずかながらも数字を上回らせて近鉄優勝に貢献した。当時を思い出しながら「その年だったかな、西武戦でホームランを打って、西本さんに知らんぷりされたのを覚えています」と苦笑した。
「ノーアウトで走者がいて、ピッチャーは松沼兄やん(松沼博久投手)。西武球場だったと思う。送りバントのサインが出たんですけど、失敗して、今度は右打ちのサインが出た。でも、うまく打てなくてファウルが続いたんですよ。で、外の球を結局、レフトスタンドにホームラン。ベンチに戻って来た時はみんなワーってなったんですけど、西本さんだけは知らんぷりです。サイン通りやれってメッセージでしょう。その辺は厳しいんでね。それは何か覚えていますね」
前期優勝は6月26日の南海戦(大阪)に1-1の引き分けで決めた。羽田氏は6番三塁で出場して4打数2安打だった。後期は2位だったが、阪急とのプレーオフは3勝0敗。第3戦(10月16日、西宮)は延長10回2-1で制して、球団創立30年目にしての初のリーグ制覇を成し遂げた。試合後、近鉄ナインは日生球場に移動してファン公開で祝勝会を行った。「そりゃあ、やっぱりうれしかしったですよ」と歓喜に酔いしれた。
先頭打者で初球を中前へ…伝説の始まり
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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