試合前に激痛「グチャって音がした」 負傷も治療せず…今も治らぬ古傷が秘めた“誇り”|球界群像 羽田耕一#13
近鉄で活躍した羽田耕一氏【写真:山口真司】元近鉄・羽田耕一氏を襲った両膝痛「おそらく靭帯が切れていた」
ついに体が……。元近鉄内野手の羽田耕一氏は現役晩年、両膝痛に苦しんだ。「(1986年のプロ)15年目からはもう……」とむなしそうに話す。「オープン戦でやってしまったんです。ちょっと寒かったので、膝をグルグルまわしていたら、グチャって音がしてね」。尋常ではない状況だった。そんな大怪我に見舞われても、すぐに試合に出ていたそうだが、さすがに以前と同じ動きはできなくなったという。
羽田氏は1971年ドラフト4位で兵庫・三田学園から近鉄入り。高卒2年目の1973年途中から三塁レギュラーの座をつかみ、以来、近鉄の主力として活躍してきた。その間には怪我もあったが、それを怪我と思わせぬくらいの不屈の精神でプレーを優先。早くから悩まされていた右肘痛も、手術に踏み切ったのは「14年目(1985年)のオフだったかな」と言い、そこまで耐え抜いていた。
1985年の羽田氏の成績は、114試合に出場して、打率.266、18本塁打、62打点。8月23日の阪急戦(ナゴヤ球場)では、山沖之彦投手から史上47人目の通算200号を達成するなど、コンスタントに活躍した。この年も近鉄期待の若手・金村義明内野手に三塁レギュラーの座を譲らなかったが、それも右肘痛を抱えながらのことだった。その上で発症したのが両膝痛だ。
レギュラーを外れても常に全力「もうボロボロでした」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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