オリックスOBの集まりに「誰も行かないですよ」 消えない猛牛魂…近鉄戦士の“意地”|球界群像 羽田耕一#16
近鉄などで活躍した羽田耕一氏【写真:山口真司】元近鉄の羽田耕一はコーチとして石井浩郎、中村紀洋らを指導
元近鉄の4番打者でもある羽田耕一氏は、現役引退後も球団に残り、1990年シーズンから2軍打撃コーチを務めた。1996年から1999年までは佐々木恭介監督、伊勢孝夫ヘッドコーチの下で1軍打撃コーチとしても手腕を発揮。その後も編成担当などフロントとしてもチームを支え続けた。そんな中、ショックだったのは愛着ある近鉄が2004年限りでオリックスに吸収合併されたこと。「ただただ寂しい思いでした」と振り返った。
1989年限りで羽田氏は18年間の現役生活にピリオドを打ち、近鉄2軍打撃コーチに就任した。指導者としても1年目から多くの経験ができたという。「ちょうど野茂(英雄投手、1989年ドラフト1位、新日鉄堺)とか石井(浩郎内野手、同3位、プリンスホテル)が入ってきたんですよね。で、石井とは2軍で、ちょっと練習に付き合ったんですけど、彼は我々とはまた違った考え方を持っていた」と話す。
「バッティング自体、リストを使ってどうのこうのやなくて、彼の場合はバーンとぶつける。ああ、そうなのかぁとね。彼は彼なりにそれでやってきたわけだから、反対もしませんでしたよ。それにすごく真面目で、練習に取り組む姿勢もよくてね。打球方向はやっぱりセンター中心。1軍に上がったら、すんなりすぐスタメンでしたよね」。社会人野球で、もまれた即戦力ルーキーとの出会いが指導者として第一歩だった。
近鉄の吸収合併は「ただただ寂しい思い」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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