続いた深夜のドライブ…眠れぬ日々に「もう駄目だ」 新人の白星消した“許せないミス”|球界群像 柏原純一#14
野球評論家の柏原純一氏【写真:山口真司】柏原純一氏は1988年限りで引退…2つの失策が“決定打”となった
最後は守備力の低下で引退を決意した。1988年、柏原純一氏(野球評論家)は南海、日本ハム、阪神と3球団を渡り歩いた18年間の現役生活にピリオドを打った。阪神でのラストシーズンは51試合の出場。「全然悔いはなかった。もうやってもできないと思った。無理だと思った」。打力、守備力、走力の3拍子揃っているのが売りだったが、特に自信があったファーストの守備で1試合2失策した時に決めたという。
日本ハムから阪神に移籍して1年目の1986年は17本塁打を放つなど活躍したが、1987年は出番が半減し、57試合で1本塁打、5打点に終わった。「阪神での1年目は比較的、成績を残していたので気持ちもわりと平和だったんだけど、2年目、3年目になると、結果を残せないから寝れなくなってねぇ。バットを横に置いて、朝方、バットを振って、それから寝ようとしても寝れないからドライブに行ったり。夜が明けてから寝るような感じだった。しんどかったね」。
日本ハム時代の走塁中に人工芝の影響で痛めた右足付け根。その状態もよくなることはなかった。痛みとずっと付き合い続けながらのプレーだった。「阪神の2年目だったかな、スタメンで打って、明日も俺だなって思ったら佐野の仙ちゃん(佐野仙好外野手)で。そういうのもあって精神的にもね、あの時34とか35歳だよね。やはり結果を出さないと、自分が追い込まれていったよねぇ」。
阪神3年目、1988年7月30日の大洋戦(甲子園)が、柏原氏にとって引退への“決定打”になったという。3-0で迎えた8回表だった。途中からファーストの守備についていた柏原氏がエラー。この試合に先発していたルーキーの野田浩司投手が、直後にパチョレック外野手に同点3ランを浴びた。さらに延長11回にもフライを捕りにいって落とすエラー。ルパード・ジョーンズ内野手に代わって守備固めで出場しての2失策。一塁守備には自信があっただけに、自分自身を許せなかった。
引退試合では盗塁もマーク「ギリギリだったけどね」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜柏原純一編〜
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