阪神監督から“引っ越し指令”「来い!」 ド緊張の同伴通勤…厳しかった同僚の視線|球界群像 上田二朗#14
阪神で活躍した上田二朗氏【写真:山口真司】上田二朗氏が明かす思い出…村山監督から「来い!」
1969年阪神ドラフト1位でNPB通算92勝を挙げた上田二朗氏(野球評論家)は、プロ3年目の1972年5月9日の大洋戦(甲子園)で“リリーフ完封勝利”を成し遂げた。初回無死一、三塁で先発の若生智男投手に負傷アクシデントが発生。2番手で登板し、9回まで1点も許さずに投げ切ったが、その舞台裏はてんやわんやだった。「“ちょっと待ってよぉ”って感じでした」と苦笑しながら、当時を振り返った。
上田氏は東海大からドラフト1位で入団し、ルーキーイヤーの1970年は27登板、9勝8敗、防御率3.00の成績を残した。しかし、2年目の1971年は16登板、1勝6敗、防御率4.42と苦しんだ。「その年は何か体調がずっと悪かった。はじめにどんどん打ち込まれて、何をやっていいのかもわからない1年だったですね」。開幕2戦目の4月11日の中日戦(甲子園)に先発も、4失点完投で敗戦投手。3-1の8回に3点を失っての逆転負けだった。
「そこでいろいろ考えたと思うんですけどね。反省したなかでも結果が出なかったですね」。5登板目の5月11日の巨人戦(後楽園)に、被安打3の2失点完投でシーズン1勝目を挙げたが、この年はそれ以降、白星をつかめなかった。流れが悪かった。「メンタル面もあったんですかねぇ。2年目のジンクスとかは関係なく、自分自身が油断していたと思う」。オフには村山実監督兼投手が住むマンションに引っ越すことになった。
忘れられぬ白星…リリーフで成し遂げた完封勝利
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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