偶然が生んだ新球で年間“22勝”「それは無理無理…」 きっかけは最強捕手の言葉|球界群像 上田二朗#15
阪神で活躍した上田二朗氏【写真:山口真司】1973年に22勝を挙げた阪神のレジェンド・上田二朗氏
元阪神アンダースロー右腕で、NPB通算92勝を挙げた上田二朗氏(野球評論家)は4年目の1973年に22勝をマークした。それまでの3年間は9勝、1勝、9勝だったが、大ジャンプアップのシーズンとなった。大きな要因はスローカーブを使えるようになったこと。同年の阪急とのオープン戦で投げたのがきっかけで練習を開始し、辻恭彦、田淵幸一両捕手の協力によってマスターできたという。「22勝できたのは2人のおかげです」と話した。
それは思ってもいないところから始まった。「キャンプ明けの最初のオープン戦は(高知)安芸で行われる阪急戦で、私は入団してからその試合の先発をずっとやっていたんです。1973年の(プロ)4年目も先発しました。そこでですよ。何イニング目だったかは忘れましたが、(阪急の)高井(保弘)さんがピンチヒッターで出てきて、私は普通にカーブを投げようとして、足のかかとが土にひっかかったんですよ」。その時に投じたボールがきっかけになった。
「ちょっとひっかかった分、ククッとちょっとずれたんですよ。そしたら、ずれた分だけ、腕がちょっと遅れてスローカーブになった。それが真ん中から外へ行ったもんですから、高井さんはホワンって感じのスイングになって三振。(捕手の)田淵さんがすぐマウンドに来て『今の最高のボールやなぁ、高井さんみたいな長距離バッターとか振ってくるバッターには絶対有効だから、今日はこれを使おう。意識して投げてこい』って言われたんですよ」
新球完成へ…辻恭彦氏と探求の日々
「ボール1個食い込んだら勝ちですからね」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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