断るつもりが「えっ、なんで」 まさかの逆転入団…“直前”で蹴った巨人のオファー|球界群像 加藤伸一#20
広島、オリックスなどでプレーした加藤伸一氏【写真:山口真司】加藤伸一氏は広島を自由契約となり仰木監督が率いるオリックスへ
プロ15年目の1998年オフ、加藤伸一氏(現・KMGホールディングス硬式野球部監督)は自らの希望が叶う形で広島を自由契約となった。その年に先発投手として、8勝6敗、防御率2.99の成績を残した右腕には巨人、阪神など7球団から声がかかった。その結果、選択したのは仰木彬監督が率いるオリックス。「断ろうと思っていたんですけどね」。土壇場でひっくり返った“大逆転入団”であった。
1995年にダイエーを自由契約になって広島入りした加藤氏だったが、1998年に広島から受けた自由契約は、1勝に終わった前年(1997年)の契約更改で大減俸を了承する代わりに、球団フロントと交わした約束によるもの。1995年はダイエーで1軍登板なしから広島に拾われた形だったが、1998年は8勝をマークして防御率2点台の先発右腕であり、状況は全然違った。早速、巨人、阪神、中日、近鉄、オリックス、ロッテ、ダイエーの7球団から声がかかった。
「自分で全ての球団と交渉しました。今となれば面白い経験だけど、当時は大変でしたよ。もう、ほんま、ビジネスマンです。ネクタイして、バッグを持って(交渉場所として)指定されたホテルなどに行って……。逆に(自宅がある)福岡に(他球団関係者が)来られるケースの時は僕がホテルをとって、部屋もとりました」。とりわけ、かつて戦力外を通告されたダイエーからの誘いは感慨深いものがあったことだろう。
「僕は(ダイエー監督が)王(貞治)さんの1年目(1995年)にクビになった。それが3年後に王さんと1対1で話し『帰ってこい』と言われるところまで頑張れたってことですからね」と加藤氏もうなずいた。広島では福岡に家族を残しての単身生活だっただけに、古巣に戻ることも考えたそうだが、それ以外の球団も熱心だった。中日・星野仙一監督からは直電もあったという。
交渉の席で待っていた恩師「オリックスに決めてくれないかな」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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