2年連続日本一も「荷物をまとめとけ」 トレード打診に“自暴自棄”「好きなようにして」|球界群像 達川光男#13
元広島・達川光男氏【写真:山口真司】3年目の1980年は“第3捕手”…9試合5打席で1安打、日本一も蚊帳の外
もしかしたら……。現役時代、広島一筋だった達川光男氏だが、1980年のプロ3年目のオフに他球団のユニホームを着る可能性があったという。「トレードの話があったんです」。その年はわずか9試合の出場で5打数1安打に終わっていた。広島が2年連続リーグ優勝&日本一を達成したなかで、水沼四郎捕手と道原裕幸捕手の1軍主力の壁を破れずに伸び悩んでいた頃だ。交換要員などの問題で移籍話は消滅したが、状況は紙一重だったようだ。
ドラフト4位で東洋大からカープ入りした達川氏は1年目の1978年、12試合に出場して、28打数6安打の打率.214、1打点の成績だった。開幕は2軍スタート。7月に1軍昇格し、初出場は7月11日の阪神戦(広島)で、2-12の8回表からマスクをかぶり、8回は土居正史投手、9回は大野豊投手をリードして無失点。9回裏に初打席が回ってきて、池内豊投手からプロ初安打を放った。「センター前。池内さんとは2軍で対戦していた。運もよかったんですよ」。
7月12日の阪神戦から後半開幕の7月28日の大洋戦(広島)までは9試合連続スタメンで起用されたが、「その年はそれで終わりみたいな感じでしたね」。その後は代打から守備についた2試合だけだった。2年目の1979年は5月1日~3日の大洋3連戦(広島)で「8番・捕手」として、池谷公二郎投手、北別府学投手、福士明夫投手での3試合連続完投勝利に貢献するなどしたが、中盤以降、出番が減り、49試合の出場にとどまった。
その年(1979年)の広島はリーグ優勝を成し遂げ、近鉄との日本シリーズも4勝3敗で制覇。第7戦(11月4日、広島)で江夏豊投手が4-3の9回裏無死満塁の大ピンチを封じ、日本一に導いた“江夏の21球”が有名だが、そのシリーズも達川氏は水沼、道原に次ぐ第3捕手の立場で出場はなかった。3年目の1980年はさらに出場が減り、わずか9試合。チームが2年連続でリーグ優勝、日本一に輝いた中で、悔しい結果となった。
日本ハムとのトレード「私にも話があったそうなんです」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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