8連続完投でボロボロ→上がらぬ左肩…“消えた神童”が選んだ進路 甲子園まで残された猶予
第108回全国高等学校野球選手権大会が8月5日から開幕する。今から48年前の甲子園。王貞治以来となる2試合連続本塁打を放ち、“王2世”として列島を熱狂させた怪物がいた――群…
8連続完投でボロボロ→上がらぬ左肩…“消えた神童”が選んだ進路 甲子園まで残された猶予
第108回全国高等学校野球選手権大会が8月5日から開幕する。今から48年前の甲子園。王貞治以来となる2試合連続本塁打を放ち、“王2世”として列島を熱狂させた怪物がいた――群…
ベンチの扇風機を「バーン」 中日指揮官から“脅迫”…逆らえなかった命令、巨人主砲から怒りの目|球界群像 米村明#21
左肘痛と闘いながら、懸命に投げたが……。元中日投手の米村明氏はプロ5年目の1989年、25登板(5先発)で2勝2敗、防御率6.57の成績に終わった。シーズン初登板の4月20…
「日本で誰もやっていない」“レア記録”達成も 中日左腕が払った代償「もう限界」|球界群像 米村明#20
元中日左腕の米村明氏は1988年8月3日の大洋戦(ナゴヤ球場)で、プロ野球史上初の毎回被安打での完封勝利を達成した。許した安打は10。2回に2安打されたが、あとの回は1安打…
元ドラ1右腕が社会人でプレーする意義…後輩に託す思い 古巣復帰で感じた変化
社会人野球最高峰の舞台、都市対抗野球大会が8月26日に開幕する。西関東第1代表として出場する東芝には、西武、ヤクルトで6年間プレーし、今季から古巣復帰となった宮川哲投手がい…
過酷な登板続いた「使い捨て」の日々 長嶋一茂に被弾で大目玉「誰に打たれているんだ!」|球界群像 米村明#19
過酷なフル回転だった。元中日左腕の米村明氏はプロ4年目(1988年)に7勝を挙げてリーグ優勝に貢献した。先発でもリリーフでも投げた。武器のパームボール多投が要因で左肘痛に苦…
突然の呼び出しに「何かやらかしたかな」 “タイトル獲得”後にまさか…ドラ1右腕の急転人生
2019年ドラフト1位で東芝から西武に入団した宮川哲投手が、再び社会人野球の舞台に戻ってきた。2023年オフにトレードでヤクルトへ移籍したが、2025年オフに戦力外通告を受…
マッサージ中に伝説の乱闘 巨人助っ人が投手を殴打…急いで参戦「行かないと罰金」|球界群像 米村明#18
元中日左腕の米村明氏はプロ3年目(1987年)に初完封を含む4勝をマークした。この年から監督は“若き闘将”星野仙一氏に代わり、必死に1軍に食らいつき出した結果だった。「星野…
即戦力のはずが防御率12点台 1年目で知った現実…中日OBから「ケチョンケチョンに」|球界群像 米村明#17
元中日投手の米村明氏は、パームボールを武器に先発でもリリーフでも活躍した。背番号19の左腕が、その球を完全習得したのはプロ2年目(1986年)だ。1年目秋から練習を始め、コ…
中日入団直後に痛感「素質がない」 同学年の“先輩”に衝撃…愕然のブルペン「帰ろうと思った」|球界群像 米村明#16
1984年の中日ドラフト5位左腕の米村明氏はプロ1年目から実力不足を痛感したという。社会人野球・河合楽器から25歳で入団したが、宮崎・串間キャンプでは、ブルペンで剛腕2投手…
中日から指名も「名古屋にあるんですか?」 諦めていたプロ入り…地元記者へ“失言”で赤っ恥|球界群像 米村明#15
1984年のドラフト会議で社会人野球・河合楽器の左腕、米村明氏は中日から5位指名されてプロ入りした。当時、大卒3年目の25歳。その年のロサンゼルス五輪で金メダルに輝いた野球…
社会人名門のはずが…体操着で練習 信頼失った退部騒動、25歳で痛感「真面目にやらなアカン」|球界群像 米村明#14
厳しい立場からやり直した。元中日左腕の米村明氏は1984年のロサンゼルス五輪で金メダルを獲得した野球日本代表メンバーでもある。社会人野球・河合楽器3年目に日本代表・松永怜一…
約束の“反故”に愕然…叩きつけた退部届&退職願 プロ入りが遠のいた不可解な先発回避|球界群像 米村明#13
大騒動になった。元中日左腕の米村明氏は1982年、中央大から社会人野球・河合楽器に進んだが、2年目に退部届と退職願を出した。社会人で2年間プレーしてプロ入りすることを目標に…
勝手に“借金肩代わり”…決まっていた社会人行き「バカ野郎!」 捨てた1800万円「もういいです」|球界群像 米村明#12
進路に“米代”が影響した……。元中日左腕の米村明氏はPL学園から中央大に進み、1982年からは社会人野球・河合楽器の一員となった。大学時代は2年(1979年)春の東都リーグ…
リーグ戦Vも離脱…監督から「何やったんだ!」 “12時間”の酒宴が招いた異変「弱っていた」|球界群像 米村明#11
大学でも山あり、谷ありだった。元中日左腕の米村明氏は1978年に中央大に進学し、1年生から投手として頭角を現した。1979年の2年春には2年先輩の香坂英典投手(元巨人)とと…
「殴られない」で選んだ進路 プロ&監督の母校を“拒否”…PLエースの複雑な心境|球界群像 米村明#10
選択の決め手はグラウンド外の……。元中日左腕の米村明氏は1978年、PL学園から中央大学に進学した。高校2年夏に2番手投手兼外野手として甲子園を経験し、3年時は聖地にたどり…
防御率1点台でもNPBからオファーなし…痛感した差、消えた情熱 元DeNA左腕の“第2の人生”
DeNAを戦力外となり、2024年からくふうハヤテ(現ハヤテ)でNPB復帰を目指した田中健二朗氏だったが、思いは叶わず2025年シーズン限りで現役を引退した。好成績を残して…
TJ手術から復活も2年後に戦力外 元ドラ1が新規球団で感じた“差”…別格右腕は阪神へ
2019年8月にトミー・ジョン手術(左肘の靱帯再建手術)を受けた元DeNAの田中健二朗氏は、長いリハビリの末に1軍へ復帰を果たすも、その2年後のオフに戦力外通告を受けた。現…
「やめます。投げません」PL学園で起こっていた衝突 全力投球怠り終戦…エースの後悔「もう時効」|球界群像 米村明#9
あの時は本当に……。元中日投手の米村明氏は49年前のPL学園時代を振り返りながら「僕はとんでもない高校野球選手でした」と反省の言葉を口にした。1977年、高校3年夏の大阪大…
藤浪晋太郎に満塁弾で「終わったわ」 即降格→翌年TJ手術…ドラ1左腕が苦悩した3年間
元DeNAの田中健二朗氏は高校生ドラフト1位入団から6年目の2013年に入ると徐々に結果を残し始め、2016年、2017年は2年連続で60試合登板と活躍した。だが、2018…
PL学園監督から鉄拳制裁「前に出て来い」 “ブチギレ”たエース「ピッチャーやめます」|球界群像 米村明#8
高校ラストイヤーは、まさかの……。元中日左腕の米村明氏は1977年、PL学園3年時に甲子園へ行けなかった。1976年の2年秋は大阪大会準決勝で大鉄(現・阪南大高)に負けて選…