史上唯一の大記録も「あの日だけ」 “一晩限り”で失った理想形「野球人生は終わり」|球界群像 近藤真市#3

中日で活躍した近藤真市氏【写真:共同通信社】中日で活躍した近藤真市氏【写真:共同通信社】

初登板で“ノーノー”の近藤真市氏「あの試合、後ろを向いて放っていた」

 一生で1試合だけできた投球フォームがある。元中日投手で、岐阜聖徳学園大学で硬式野球部監督を務める近藤真市氏はそれを追い続けたが、結局2度目はなかったという。1987年8月9日、ナゴヤ球場での巨人戦で達成した1軍公式戦初登板ノーヒットノーランの大偉業。その時のフォームだ。「ちょっとひねった感じで投げたんですが、2試合目からはできなかった」。そもそも、記録達成の日もキャッチボールでたまたまやってみたら「投げやすいと思って」取り入れたものだった。

 近藤氏の得意球種は享栄高時代からカーブだった。「僕はカーブを4種類投げていたんです。スピードの変化と力の入れ具合を変えたりして、タテに曲げる速いの、遅いのと、横に曲げる速いの、遅いのを使い分けていました」。空振りを狙うカーブ、カウントを取りにいくカーブ……。それこそ高さ、コースまでプラスすれば、場面や打者に応じて、いくつもパターンがあった。捕手からカーブのサインが出たら、どの種類を使うかは自身で判断していたそうだ。

 日本プロ野球史上初の記録を達成した時もそう。「カーブには本当に自信を持っていました。真っ直ぐのコントロールよりもカーブのコントロールが良かったです。カーブをここに投げろと言われたら、投げられましたからね。でも、あの日だけは真っ直ぐのコントロールも良かったんですよね」。その一因になったのが、最初で最後になったという投球フォームだ。

「あの試合、僕は後ろを向いて放っていた。ちょっとひねって投げていたんです。あんな投げ方をしたことは、それまでなかったんですよ」。それは偶然の”産物“だった。「キャッチボールの時にたまたま、ゆっくりフワーッと後ろ向いて投げたんですよ。ブルペンに行った時にも、それがめちゃくちゃ投げやすいと思って、すっごいフィーリングが合うと思って、それであのフォームが出来上がったんです。そしたら真っ直ぐのコントロールもよくなった。だから、ああいう記録ができたと思います」。

 キャッチボールで初めてつかんだ感覚をいきなり本番でも使うのも、そうあることではないだろう。「普通ないですよね、でも、あの時、僕は何か感じたんですよね」。だが、そのフォームを1軍での2試合目以降、再現することはできなかった。近藤氏は2試合目の広島戦(8月16日、広島)で6回2/3を2失点で2勝目、3試合目の阪神戦(8月23日、ナゴヤ球場)では1安打完封で3勝目をマークしたが、いずれもフォームは“別もの”だったという。

現在は岐阜聖徳学園大学硬式野球部で監督を務める近藤真市氏【写真:山口真司】現在は岐阜聖徳学園大学硬式野球部で監督を務める近藤真市氏【写真:山口真司】

二度とできなかった同じ投げ方「ホント不思議でした」

「同じ投げ方をしようとしたんですけど、フォームのバランスが全然違いました。阪神戦の1安打完封はカーブが良かったからです。巨人戦より、カーブをきれいに自分で操ることができていたという感じでした」。違う投げ方でも結果を出したのだから、やはりただ者ではなかったのは間違いないが、近藤氏にとっては偉業を成し遂げたフォームこそ理想型。なぜ、できなくなったのか。「わからないんです」と今でもいう。

「一生に1回しかできなかったから、神様に『そこでお前の野球人生は終わりです』と言われたのと一緒なんじゃないですかね。ホント不思議でした」と近藤氏は何とも言えない表情で話す。現在、野球部監督を務める岐阜聖徳学園大の学生には、そんな自身の経験も踏まえて、こうアドバイスするそうだ。

「自分でいいと思ったら、それで投げればいい、そのフィーリングを大事にしろってね。(元中日投手の)今中(慎二)とか一流選手って同じ投げ方ができたじゃないですか。でも一流半とか二流ってフォームがバラバラでしょ、まとまらないでしょ。学生なんか特にそうなんでね」

 衝撃的だったノーヒットノーランデビュー。それは、いまだに達成者が1人だけの偉大な記録だが、近藤氏にとっては大勲章を手にしたのと同時に、理想を追い求める旅の始まりにもなった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜近藤真市編〜

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