思い出すのは「強かった中日」 落合博満氏の許可得て大刷新…実現した“大学ドラゴンズ”|球界群像 近藤真市#15

岐阜聖徳学園大学硬式野球部・近藤真市監督【写真:本人提供】岐阜聖徳学園大学硬式野球部・近藤真市監督【写真:本人提供】

近藤真市氏が率いる岐阜聖徳学園大学の野球部は昨秋ユニを一新した

 東海地区大学野球連盟の岐阜県リーグに所属する岐阜聖徳学園大学硬式野球部のユニホームは2022年秋から、かつての落合ドラゴンズモデルに変わった。監督を務める元中日投手で、日本プロ野球史上初の1軍公式戦初登板ノーヒットノーランを達成した近藤真市氏の発案で変更した。「強い時のドラゴンズのユニホームですからね」。事前に中日球団と落合博満氏の許可も得て、実現したという。

 近藤氏がユニホームの変更を考えた時、すぐに思い浮かんだのが落合ドラゴンズモデルだった。「どんなユニホームにしても全然いい、ということだったので、それなら、まるっきりドラゴンズにしようって思った。中日が強い時の青と白のラインが入ったヤツにね」。落合氏と中日球団にも連絡を入れた。「落合さんに『使わせていただきます』ってユニホームの話をしたら『おう、いいじゃないか』って言われました。中日球団の方も問題ないとのことでした」。それでGOサインとなった。

 恩師の星野仙一監督は1987年シーズンに中日を初めて指揮。4月10日の敵地・後楽園球場での巨人との開幕戦からユニホームをドジャースモデルに一新した。当時、近藤氏はプロ1年目。開幕1軍ではなかったが、戦いに向けてインパクトある変更だっただけに印象深い出来事だった。それと同じように……。岐阜聖徳学園大学の新ユニホームは2022年春にこそ間に合わなかったものの、秋から着用できた。中日コーチ時代に自身も身に着け、優勝も経験した落合ドラゴンズモデルを選んだのも自然の流れだった。

「中日では打撃投手も、スコアラーも、スカウトも、コーチも……。35年お世話になって、本当にいい経験をさせてもらった。息子(近藤弘基氏=2014年育成ドラフト4位の元中日外野手、現中日2軍マネジャー)と一緒に野球ができたのもね。感謝しかありません」と近藤氏は話す。さらに「僕の野球人生は、すべてが星野さん。プロに入った時もそうですし、現役をやめる決断をした時もそう。スカウトにもしてもらったし、コーチの依頼が来た時も相談したし……。ホント、感謝です」と今は亡き恩師を思い浮かべた。

投手起用にこだわり「先発のイニング数が断トツ」

 振り返れば、感謝する人が何人もいる。星野氏や落合氏はもちろん、大先輩の小松辰雄氏、プロへの道を切り開いてくれた担当スカウトの水谷啓昭氏、コーチ時代にお世話になった森繁和氏、自身のスカウト時代の誇りであり、尊敬すべき選手でもあり、2人にしかわからない絆もある岩瀬仁紀氏……。名前を挙げればきりがない。日本プロ野球史上初の記録でデビューしながら、その後は怪我で苦しんだ現役時代からスカウト時代、コーチ時代を通して、いろんな人に支えられてここまで来たとの思いでいっぱいだ。

 そんな、これまでに得たことすべてを今、岐阜聖徳学園大学の選手たちに注いでいる。「人としての人間形成みたいなことをしっかりやってほしいと言われて、ここに来ました。やっぱり同じ方向を向けない子もいるけど、僕だって2軍でくすぶって、もういいやって思った時もあったので、そういう子の気持ちってよくわかる。そんな僕の昔の話もしています」。当然、技術指導も信念を持って取り組んでいる。例えば投手育成についてはこう話した。

「ウチの先発投手陣のイニング数って昨年秋、断トツに多かったんです。そりゃあ勝ちも必要ですけど、経験させるなら、長いイニングを投げさせないといけない。僕は点を取られる前に代えようとはしないんです。なんで点を取られたかをわかってくれれば、おのずと生きてくるので。それを代えちゃうと次に投げた時に生きない。だから負ける時は一気に3点、4点、ボコッと取られたりするんです。でも、それも次に生かしてくれればいいと思っているんです」。

 1987年8月9日、満月の夜にナゴヤ球場の巨人戦で大偉業を成し遂げてから36年近くになる。大学野球という新天地で、近藤氏は選手たちを光輝かせるために動いている。「もちろん目指すのは優勝ですけど、そればかりが目的ではない。この岐阜聖徳学園大学で野球をやって良かったなと思って、人として成長し、卒業してほしいのと、ここで野球をやりたいという子がもっともっと増えてくれたらいいなと思っています」。その目もまた輝いていた。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜近藤真市編〜

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