引退試合を固辞「狙わせてください」 プロ人生最後の“わがまま”…トップをかけた5番勝負|球界群像 川又米利#14
中日で活躍した川又米利氏【写真:山口真司】川又米利氏は1997年シーズンで引退…最後は当時の代打HR記録に挑んだ
最後は“5番勝負”に挑んだ。元中日で野球評論家の川又米利氏は1997年シーズン限りで現役生活を終えた。ドラゴンズ一筋19年。1988年のリーグ優勝に貢献するなど、球団にとっては功労者のひとりだ。だが、引退セレモニーは行われなかった。ラスト出場の舞台も本拠地・ナゴヤドームではなく、敵地・横浜スタジアム。実はこれ、川又氏が「星野(仙一)監督に頼んでそうしてもらったんです」という。理由は代打ホームラン記録だった。
ナゴヤドーム元年の1997年シーズンは開幕2軍スタートだった。5月に1軍昇格。代打として奮闘したが、8月中旬に2軍落ち。「(ヘッドコーチの)島野(育夫)さんに呼ばれて、2軍に行ってくれって言われた。その時は、もう1回這い上がろうって思っていたけど、その後、いつだったかな、(球団)代表と代表補佐に呼ばれた」。名古屋市内のホテルで「来年、契約しない」と通告されたという。
「選択肢は3つくらいあったのかな。そのまま解説者になるか、よその球団にいくか、好きなことをやるか、自分としてはあと1年、20年はやりたいって思っていた。でも、考えた末、よそでやるよりは中日で終わりたいという気持ちになった」。ナゴヤドーム内での引退会見は星野監督が同席して行われた。「びっくりした。ひとりでやるもんだと思っていたからね。うれしかったですよ。逆に緊張したけどね」。
ラスト5試合に代打で登場もHRなし「狙わせてくれて感謝しています」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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