ラフプレーに激高も…一瞬で形勢逆転した赤ヘル軍団 “殺気”に満ちた因縁対決|球界群像 川又米利#8
中日で活躍した川又米利氏【写真:山口真司】星野監督が初退場…川又米利氏の行動が大乱闘に発展した
1987年シーズンから燃える男が、闘将となって中日に帰ってきた。川又米利氏(元中日、現野球評論家)にとって最大、最強の恩師・星野仙一監督の下での“闘い”の日々のスタートだ。「ハードプレーハード」をキャッチフレーズにした闘争心むきだしの野球は、必要以上に激しいものになったこともたびたび。温厚で大人しい性格で知られた川又氏も“豹変”したシーンがあったし、ラフプレーが要因になって負傷し、担架で運ばれたことも……。
プロ9年目(1987年)の川又氏はキャリアハイの16本塁打、57打点をマークした。「打率は低かった(.253)けどね」と言うが、星野監督に開幕からスタメンで起用されて、好結果を残したシーズンだった。闘志なきものは去れの闘将イズムで自然と気合も入った。当時の中日ではどの選手もそうだが、スライディングなども、それまでにあまりなかった激しいプレーも見せるようになった。
同年5月2日の広島戦(広島)で星野監督は現役時代も含めて初の退場処分を受けたが、そのきっかけを作ったのは川又氏だった。6回に二盗を試みた際、広島・正田耕三内野手からみぞおち付近にタッチされたことに激高。「どこにタッチしているんや!」とつかみかかった。両軍がベンチから飛び出しての乱闘騒ぎ。キックを繰り出すなどした星野監督と広島・伊勢孝夫外野守備走塁コーチが退場となった。
併殺崩しのスライディングで送球が顎にヒット…担架で運ばれた
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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