失った首脳陣からの信頼「ほとんど2軍に」 食事もできず…日本Sで経験した“悪夢”|球界群像 大石友好#8
元西武、中日の大石友好氏【写真:山口真司】巨人との日本Sで2度サヨナラ負け…いずれも大石友好氏がマスクを被っていた
広岡達朗監督率いる西武は1983年シーズン、2年連続でパ・リーグ優勝、日本シリーズ制覇を成し遂げた。セ・リーグ優勝の宿敵・巨人を倒しての日本一にチームは沸いたが、当時西武捕手だった大石友好氏にとっては喜びよりもショックの方が大きかったという。シリーズ第3戦と第5戦でサヨナラ負けを食らったからだ。「僕はキャッチャーとしての自信をなくしました」と今でも悔しそうに話した。
1982年の中日との日本シリーズで、大石氏は日本一の瞬間を捕手として経験して大歓喜。「最高の思い出」となったが、プロ4年目の1983年はレギュラーと言える立場ではなかった。開幕戦をはじめ4月などシーズン前半はスタメンが多かったが、徐々にベテラン・黒田正宏捕手との併用が増え、夏場以降は若手の伊東勤捕手の先発起用が目立つようになった。西武は2位以下を大きく引き離し、独走でリーグ連覇を達成したものの、大石氏は必死の闘いだった。
迎えた巨人との日本シリーズで大石氏のスタメンはなかった。第1戦から第5戦までは途中出場で、第6戦と第7戦は出番なし。その中の第3戦と第5戦でまさかの“悪夢”があった。1勝1敗での第3戦は、1点リードの9回裏2死から東尾修投手が3連打を浴びて追いつかれ、代わった森繁和投手が中畑清内野手にサヨナラ打を許した。2勝2敗での第5戦は同点の9回裏、森が2死から連続四球を与えて、ヘクター・クルーズ外野手にサヨナラ3ランを浴びた。
台頭した伊東勤…5年目の1984年、大石氏は13試合出場に終わった
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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