歓喜目前の悲劇「僕も行くもんだと」 まさかの星野采配…悔しかった“コンビ解消”|球界群像 大石友好#13
元西武、中日の大石友好氏【写真:山口真司】中日がリーグ優勝した1988年、大石友好氏は「抑え捕手」で活躍
「リリーフキャッチャー」「抑え捕手」。これらは強肩捕手で活躍した大石友好氏の中日時代の代名詞だ。星野仙一監督が守護神・郭源治投手と大石氏をセットで終盤に起用するようになり、そのポジションが確立された。1988年、星野ドラゴンズがリーグ制覇を成し遂げた原動力にもなった。「プレッシャーはありましたけど、やりがいがありました」。ただし、古巣・西武との日本シリーズでは、喜びと悔しさが交差した。
9年目の1988年シーズン、大石氏は4月8日の大洋との開幕戦(ナゴヤ球場)に「8番・捕手」でスタメン出場。5月中旬過ぎまではレギュラーの立場だった。その後、若手の中村武志捕手の台頭もあって控えに回り、1987年8月9日に近藤真一投手が初登板ノーヒットノーランを達成した時にマスクをかぶっていた相性もあって、スタメン起用は近藤が先発の時だけのケースが続いた。同時に新たな仕事となったのが「抑え捕手」だ。
守護神・郭とセットで登場し、最後を締める役割。6月からはそれがメインで、7月中旬からの快進撃で独走Vを果たした星野中日の大きな原動力となった。「星野さんがそういう場所を作ってくれたんです。源治が投げやすいというのが見ててわかったんだと思います」。7勝6敗37セーブ、防御率1.95の成績を残した郭はセ・リーグMVP。「抑え捕手」大石氏の貢献度は大だった。
日本シリーズでは先発出場も…清原に食らった場外弾は「びっくりした」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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