4年連続0勝で戦力外覚悟「クビになる」 崖っぷちの阪神右腕…1日で覚えた“新球”|球界群像 中田良弘#14
元阪神・中田良弘氏【写真提供:産経新聞社】中田良弘氏は1986年から4年連続未勝利も…1990年に10勝6セーブ
再び“低迷期”がやってきた。元阪神投手の中田良弘氏(野球評論家)はプロ6年目の1986年から9年目の1989年までの4シーズン、1軍で1勝も挙げられなかった。阪神が優勝した1985年に12勝5敗と好成績を残したが、「あの年に無理していましたね」という。「毎年、クビになるんじゃないかと思っていました」。まさに苦しい日々だったが、そこからまた這い上がってきたのだから恐れ入る。「活躍するのが、4年周期くらいだったんですよねぇ」と苦笑した。
中田氏はルーキーイヤーの1981年に38登板、6勝5敗8セーブをマークしたが、その年に右肩痛を発症。1982年は1勝0敗、1983年は0勝0敗と低迷した。徐々に持ち直して1984年は30登板4勝0敗、1985年は31登板で12勝5敗と阪神優勝に貢献したが、その翌年からまた低迷期に突入した。「85年に無理をしていました。もう行けるところまで行っちゃおう、もう駄目になってもいいというのもありましたからね」。
右肩などの状態は以前よりも良かった1985年シーズン。だから無理もできた。優勝のチャンスとなり、なおさら自らにムチを打った。初の2桁勝利を挙げ、リーグ優勝&日本一も経験できたが、その反動が翌年以降に出た。加えて中田氏はこう話す。「優勝した年はオフもいろいろ(イベントなどで)大変じゃないですか。そこでもっと治療に専念とかしていれば……。それができていなかったなぁって、やっぱり反省ですよね。治療法にしても、もっと考えるべきでしたね」。
キャンプ初日に覚えたカットボール「ちょっとだけ中指を押してあげて」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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