阪神から戦力外→2球団から打診も…愛妻の一言で“翻意”「終わった方がいい」|球界群像 中田良弘#16
元阪神・中田良弘氏【写真:山口真司】中田良弘氏は1994年オフに戦力外となり引退…当初は現役続行を希望していた
阪神一筋で終えることを選択した。1985年V戦士右腕の中田良弘氏(野球評論家)は1994年シーズン限りで現役を引退した。戦力外通告を受け、プロ生活は14年で幕を閉じた。当初は「まだ、もう一花咲かせたい」との思いが強かった。他球団からの誘いもあったが、最終的には断った。「女房に相談したら『阪神の中田で終わった方がいいよ』って言われた。それもそうだなと思った」などと、当時の思いを吐露した。
中田氏はプロ5年目の1985年に12勝をマークして優勝に貢献したが、右肩痛などもあって1986年から1989年まで0勝シーズンが続いた。プロ10年目の1990年にカットボールを覚えて復活し、10勝を挙げた。ところが、さらに右肘も痛め、1991年からは再び白星から見放された。「(コンディションは)ずっと同じでしたね……」。故障箇所はすべて完治しておらず、ボロボロの体ながら、何とかしたいとの思いで全力を尽くしたが、なかなか好結果が出なかった。
プロ14年目の1994年は開幕から2軍暮らしが続いた。1軍に呼ばれたのは7月下旬。7月30日の横浜戦(甲子園)に4番手で登板した。出番は0-3の9回で、打者4人に無安打2三振1四球の1回無失点。与えられたチャンスで懸命に投げて抑えた。だが、8月3日の中日戦(甲子園)は2-4の8回から5番手で登板して2回2失点(自責1)。その後2軍落ちし、それが結果的に現役最後の1軍マウンドになった。
横浜&ハムから誘いも…気になったそりの合わないコーチの存在
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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