地元球団からドラ1指名も「絶対に行かせん」 父を激怒させた事実無根の“銭金”報道|球界群像 山崎隆造#6
広島で活躍した山崎隆造氏【写真:山口真司】山崎隆造氏は崇徳から立大進学予定も…地元・広島がドラ1指名
進路は思わぬ展開で決まった。元広島で野球評論家の山崎隆造氏は1976年ドラフト会議で広島から1位指名された。崇徳(広島)では3年時に選抜で優勝し、夏の甲子園にも出場。そのチームのキャプテンで「1番・遊撃」の逸材はプロから注目されていたとはいえ「1位はびっくり仰天でした」。うれしかったが、当初は大学進学予定。加えて“思わぬ一件”まで発生して父親がプロ入りに大反対。それを何とかクリアして入団にこぎつけた。
ドラフト前の山崎氏は「自分としてはプロなんてとんでもないという感覚だった」という。プロ数球団が興味を示していたが、まずは大学進学を考えていた。「甲子園で優勝したし、崇徳もこの機会に大学のルートを開拓しなければいけないということで、東都が中心だったけど、東京六大学にも進出するといって、(捕手の)応武が早稲田に行って、僕が一応、立教に行く予定だったんです。立教の寮も見に行ったんですよ」。
当時の立教大野球部・菊池完監督と食事もしたそうだ。「しゃぶしゃぶでした。それまで僕は食べたことがなくて、食べ方もわからなかったんです。だから、ああ、こうやって食べるんだって思ったのも覚えていますね」。まだ合格していたわけではなく「勉強してくださいって資料がいっぱい来ましたけどね」というが、いずれにせよ、その時は大学に行くことしか頭にはなかった。そんな中でのドラフト指名。しかも地元カープの1位だったから、気持ちは揺れ動いた。
崇徳高から4人がドラフト指名…2人が拒否した
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜山崎隆造編〜
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