「走れなくなった」引退年 最終打席でも“自己犠牲”…後輩も感銘「涙が出ました」|球界群像 山崎隆造#13
広島で活躍した山崎隆造氏【写真:山口真司】1993年に現役引退、プロで貫いた“自己犠牲”の精神で挑んだ最後の打席
1993年10月9日、広島市民球場での阪神戦終了後、山崎隆造氏(現野球評論家)の引退セレモニーが行われた。「17年間の現役生活に悔いはありません」。熱いスピーチに球場全体が大歓声、大拍手に包まれた。プロ入り後にスイッチヒッターに転向、選手生命の危機に立たされた大怪我からも復活し、カープの優勝にも何度も貢献した。まず走者を次の塁に進めることを心掛けた仕事人。最後の打席も“自己犠牲”の精神だった。
その日、山崎氏は「2番・右翼」でスタメン出場した。4打席目に阪神・郭李建夫投手から二塁打を放ったのがラストヒット、プロ通算1404安打目だった。最終5打席目の相手は阪神の抑えで左サイドスローの田村勤投手。5-6。広島が1点を追う9回だった。「確かノーアウト二塁だったと思う」。右打席に入った山崎氏は「何とかヒットを打つんじゃなくて、進塁させなきゃいけないと思って、右打ちをしようとした」という。
結果は三振だったが、山崎氏は「僕からしたら自分流を貫けた。サイン通りにもやるけど、ここぞという時は自分のチームが勝てるために、というのは僕のポリシーでもあるんで、いわゆる自己犠牲が僕の特徴のひとつですから」。それはチームメートにも伝わった。「紀藤(真琴投手)が『引退試合なのにヒットを打ちにいくんじゃなくて、最後まで何とかしようとされる姿に感動しました。涙が出ました』って言ってくれました」とうれしそうに振り返った。
影響を与えた3人の恩師、5年目の大怪我も不屈の精神で乗り越えた
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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