“飲み過ぎ”で逃した初タイトル チームもV逸…大バッシングを受けた急失速|球界群像 山崎隆造#11
現役時代の広島・山崎隆造氏【写真:共同通信社】プロ7年目から3年連続で打率3割、好打者たちと繰り広げた首位打者争い
元広島の走攻守3拍子揃ったスイッチヒッターで野球評論家の山崎隆造氏は、現役時代にベストナイン3回(1984年、1985年=外野手、1991年=三塁手)、ゴールデン・グラブ賞を4回(1984年、1985年、1987年、1988年=外野手、84、85年の呼称はダイヤモンドグラブ賞)受賞したが、個人タイトルにはあと一歩届かなかった。悔しいシーズンはあった。「地味な僕が首位打者を取りたいと思った時もあったんですけどねぇ」と苦笑いで振り返った
山崎氏は、プロ7年目の1983年シーズンから3年連続で打率3割をマークした。1983年は.305でセ・リーグ9位、1984年は.319で同7位。1985年はキャリアハイの.3280で同4位だった。阪神が優勝した1985年の首位打者はランディ・バース内野手で.350。2位も.342の岡田彰布内野手(現阪神監督)とタイガース勢で、3位は.3284の巨人・吉村禎章外野手が続いた。「すごかったなぁ、バースは……」と山崎氏はうなるように話したが、悔しかったのはその年ではない。
プロ11年目の1987年シーズンだ。「前半戦が終わった時点で、僕は3割5分打っていて、普通にいけば首位打者が取れるであろう年だったんですよ。それなのに体力が続かなくて……」。オールスターゲームにも出場するなど、充実していた前半と打って変わって、後半は状態が悪くなった。好調をキープできなかった。打率は8月終了時点で.315となり、9月終了時点では3割を切って.298。最終的には.294だった。
広島で活躍した山崎隆造氏【写真:山口真司】縁のなかった個人タイトル「月間MVPはいつも候補に挙がるばかり」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜山崎隆造編〜
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