攻略後には「逃げる用意していた」 “報復”の厳しい内角攻め…恐怖の言葉「何や若造」|球界群像 熊野輝光#17
オリックスや巨人で活躍した熊野輝光氏【写真:山口真司】元阪急・熊野輝光氏、3年目は“水谷効果”で巻き返しも4年目は不振
阪急時代の1985年にパ・リーグ新人王に輝いた左打者の熊野輝光氏(四国IL・香川オリーブガイナーズ監督)だが、プロ2年目(1986年)以降、上田利治監督の方針で出番は徐々に限定されていった。相手先発が左投手になると、スタメン落ちが増え始め「(近鉄左腕の)阿波野(秀幸)には打席に立った記憶があまりない」。そんな中、大得意にしていたのは西武の右腕、渡辺久信投手と郭泰源投手。「何か知らんけど合ったんですよねぇ」と振り返った。
プロ1年目に新人王&ベストナインを受賞し、ブレークした熊野氏は2年目に打撃フォームを崩して不振に陥ったが、1987年の3年目は打率.291、11本塁打、40打点、10盗塁。本塁打は2年目と同じだったが、打率、打点、盗塁は数字を少し取り戻した。これは、元広島、阪急のスラッガー・水谷実雄2軍打撃コーチのおかげだという。「水谷打法です。(キャンプなどから)水谷さんにいろいろタイミングとかを、だいぶ教わったんです」。
そんな“水谷効果”は開幕当初から出ていた。「6番左翼」で出た4月10日の開幕・南海戦(西宮)は2打数2安打1打点。4月11日の2戦目は1本塁打を含む4打数4安打1打点、4月12日の3戦目は2号ソロを放っての4打数1安打とバットは好調で、次カードの4月14~16日までの西武3連戦(西宮)でも1安打、3安打、1安打。3年目は6試合連続安打でスタートし、4月終了時の打率も.340と好成績を残していた。
西武・渡辺久信は「大好きだった」、郭泰源も「だいぶ打っている」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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