新人王から6年で巨人へ放出 オリックスから“拒否”も…感謝した監督の根回し|球界群像 熊野輝光#18
オリックスや巨人で活躍した熊野輝光氏【写真:山口真司】元阪急・熊野輝光氏、6年目に野茂英雄から生涯の思い出に残る一発
27歳で阪急入りした元新人王外野手の熊野輝光氏(四国IL・香川オリーブガイナーズ監督)はプロ7年目の1991年オフに巨人に移籍した。勝呂博憲内野手との1対1の交換トレードだった。球団が阪急からオリックスに変わった1989年以降、出場機会は減少していた。トレードはオリックス・井箟重慶球団代表に呼ばれて正式に通告されたが、実はそれ以前に土井正三監督から「『ジャイアンツで勉強してこんか』と言われていた」という。
“オリックス元年”の1989年、プロ5年目の熊野氏は71試合の出場に終わった。当時の上田利治監督の起用法はシビアだった。チームには南海からベテラン大砲の門田博光外野手がトレード加入、藤井康雄外野手、本西厚博外野手、南牟礼豊蔵外野手らの台頭もあって、熊野氏の出番は減った。開幕から3試合連続で守備だけの出場で、4戦目に代打でシーズン初打席を迎えた。4月にスタメン機会はゼロだった。
目立ったのは西武戦での出場だ。相性のいい渡辺久信投手と郭泰源投手がいたからなのは明白で、熊野氏も「そういうことでしょうね」と話す。この年の初スタメンは「6番・左翼」で出た5月2日の西武戦(西武)だったが、相手先発は渡辺久。翌3日もスタメン出場したが、相手先発は郭泰源だった。熊野氏もまた相性通りに結果を出した。渡辺久が先発した時にスタメンで出て、渡辺久が降板した途端に交代したこともあった。
「以前から『ちょっとジャイアンツに行って勉強してこんか』って」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
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