「なんでダルビッシュにいかなかった」 ドラフト直前の“内紛”…怪我疑惑で自由枠の撤回要望も却下|球界群像 熊野輝光#23
オリックスや巨人で活躍した熊野輝光氏【写真:山口真司】オリは2004年ドラフト自由枠で金子千尋を獲得…熊野輝光氏が担当スカウトだった
オリックスと近鉄の合併が決まった2004年のドラフト会議で、オリックスは自由獲得枠でトヨタ自動車の金子千尋投手(現・日本ハムファーム投手コーチ)を獲得した。後に大エースとなる右腕の担当スカウトが熊野輝光氏(元阪急・オリックス、巨人外野手、現・四国IL・香川オリーブガイナーズ監督)だ。「あの時は大変でした。ドラフト直前に球団社長が自由枠をやめると言い出して……。僕は辞表を持っていきました」と当時の騒動も振り返った。
1997年からオリックスのスカウトとして熊野氏は多くの人材を発掘した。その中でも「思い出深いですよ」と口にしたのが2004年の金子獲りだ。「あの年は近鉄との合併があって、(近鉄エースの)岩隈(久志投手)も入るし、チームも強くなるので最初は(2人まで獲得可能な)自由枠を使うのはやめて、3位(1巡目)からにしてくれということだったんです。それでJR東海の光原(逸裕投手)を最初の順位で行こうと決めていました」。
当時のドラフトは大学、社会人対象の自由獲得枠が最大2枠。自由枠を1人も使わなかった場合は1巡目(選手重複の場合は抽選)と3巡目で指名ができ、自由枠を1枠だけ使用の場合は次の選手を2巡目で指名。2枠とも使用の球団は全球団が指名可能な4巡目から参加という方式だった。「そしたら岩隈が(オリックスではなくて)楽天に行くという話になったので、1位(自由枠)からいっていいに変わったんです」。
仰木監督から「何でダルビッシュに行かなかったんだ」
(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
球界群像〜熊野輝光編〜
名門の誘いは“聞かず”無名校へ「自分が抑えれば甲子園行ける」 野口茂樹氏が選んだ近所進学|球界群像 野口茂樹#1
阪神ドラ1は「なかなかこんな投手いない」 社会人入りで成長…担当が語った“素質”|球界群像 熊野輝光#26
“リスト落ち”寸前だった阪神エース「切ろうかなと」 スカウト疑問も…3位指名の舞台裏|球界群像 熊野輝光#25
岡田監督が憮然「大失敗、情報不足よ」 史上初“1位クジ3連敗”…退団になったスカウト|球界群像 熊野輝光#24
ドラ1指名も断固拒否、面会すらできぬ“惨敗” スカウト沈痛…幻に終わった奥の手|球界群像 熊野輝光#22
古巣復帰も「上では使わない」 好調も2軍“幽閉”…シーズン途中に追加された役職|球界群像 熊野輝光#21
長嶋監督に残留直訴も「お前はオリックスに帰す」 復活自信も…決まっていた巨人退団|球界群像 熊野輝光#20
0発&打率1割台でも「給料が落ちない」 苦闘の移籍1年目も…実感した巨人の“凄さ”|球界群像 熊野輝光#19
新人王から6年で巨人へ放出 オリックスから“拒否”も…感謝した監督の根回し|球界群像 熊野輝光#18
攻略後には「逃げる用意していた」 “報復”の厳しい内角攻め…恐怖の言葉「何や若造」|球界群像 熊野輝光#17