監督の“待った”で実施されなかった引退試合 始球式で幕…悔し涙で終わった現役生活|球界群像 野田浩司#13
監督の“待った”で実施されなかった引退試合 始球式で幕…悔し涙で終わった現役生活|球界群像 野田浩司#13
FA残留も…急転した野球人生「余計おかしく」 狂った歯車、翻弄された残酷な最後の白星|球界群像 野田浩司#12
言わずにはいられなかった。野球評論家の野田浩司氏はオリックス時代の1997年シーズン、仰木彬監督の采配について直接抗議したことがあった。「同点で代えられることが何回も続いて…
「何で代えるんや」続投志願も…首脳陣の“食い違い” 失意にまみれた不滅の記録|球界群像 野田浩司#11
がんばろうKOBE。1995年シーズン、仰木彬監督率いるオリックスはリーグ優勝を成し遂げた。1月17日に阪神・淡路大震災が発生。当時オリックス投手だった野田浩司氏(野球評論…
コンビニ新設、自腹の酒が「ナンボでも」 待遇が劇的改善…絶大だった“イチロー効果”|球界群像 野田浩司#10
野田浩司氏(野球評論家)が阪神からオリックスに移籍して2年目の1994年シーズン、仰木彬監督の下で開幕前に登録名を「鈴木」から「イチロー」に変更したプロ3年目の若武者が、大…
阪神から移籍「パ・リーグなめとんのか!」 コーチ激怒→やけくそが導いた“転機”|球界群像 野田浩司#9
ちょっとしたカルチャーショックだった。1992年オフ、阪神・野田浩司投手(現・野球評論家)は、松永浩美内野手との1対1の交換トレードでオリックスに移籍した。新天地での生活は…
「お前なんか構想に入ってない」 “恩師”との関係に亀裂も…監督は手紙で「もう帰ってこい」|球界群像 野田浩司#8
1992年シーズン、中村勝広監督率いる阪神は、若手の亀山努氏、新庄剛志氏の台頭による“亀新フィーバー”で大いに盛り上がった。最終的には巨人と同率の2位タイに終わったものの、…
「やる気がないなら辞めろ」 恩人と衝突した虎右腕…150球完投翌日のブルペン指令に反発|球界群像 野田浩司#7
元阪神、オリックス投手で野球評論家の野田浩司氏にとって、自身の基礎を築いてくれた恩人は阪神時代の投手コーチだった大石清氏だ。「手取り足取り、教え込まれました」。決して関係が…
披露宴で背番号「18」伝達も…前任者同席で「僕は複雑」 “宝刀”会得で開けたプロ人生|球界群像 野田浩司#6
伝家の宝刀はメジャーコーチ仕込みだった。野球評論家の野田浩司氏は現役時代に阪神、オリックスで活躍した。代名詞はフォークボールで、1試合19奪三振の日本記録保持者でもあるが、…
プロ初登板でまさかの“大失敗” リリーフカーで登場も…押してはいけなかったボタン|球界群像 野田浩司#5
いきなりフル回転だった。九州産交からドラフト1位で阪神に入団した野田浩司投手(現・野球評論家)はプロ1年目の1988年、先発もリリーフもどちらもこなして規定投球回に到達した…
同級生との仲に亀裂…「ラクダにも乗せられた」異常注目度 ドラ1がうんざりした“過熱報道”|球界群像 野田浩司#4
1987年ドラフト1位で阪神に入団した野田浩司氏(現・野球評論家)は、初めての関西生活プラス異常なほどの“虎フィーバー”ぶりに戸惑いの連続だった。休日には“ラクダ”、メディ…
「彼女と離れたくなかった」 “移籍遅延”で人生激変…1か月早ければなかったドラ1指名|球界群像 野田浩司#3
野球評論家の野田浩司氏は、社会人野球・九州産交(熊本)から1987年ドラフト1位で阪神に入団した。これにはさまざまな出来事が重なった。九州産交野球部の廃部決定、日本選手権九…
「見捨てられていた」男が突如覚醒 運命変えた廃部…“特例”でドラ1候補に|球界群像 野田浩司#2
運命は一気に……。かつて阪神、オリックスで活躍した野球評論家の野田浩司氏は、熊本・多良木高から社会人野球・九州産交に進んだ。プロから誘われながら、敢えてその道を選択した。熊…
スカウト殺到で注目も「滅多打ちですからね」 聖地の夢消え…“失意”の進路決定|球界群像 野田浩司#1
阪神とオリックスで活躍した野球評論家の野田浩司氏は、熊本・多良木高校時代からプロ注目の投手だった。1985年、高校3年夏の熊本大会ベスト4が最高成績で甲子園には行けなかった…
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