広島で感じた選手生命の“危機”「体が動かない」 弱音を阻んだ伝統…修羅場がもたらした財産
紀藤真琴に関する野球ニュース・速報・コラムやインタビューの記事一覧。Full-Count(フルカウント)は野球専門の総合メディアです。
広島で感じた選手生命の“危機”「体が動かない」 弱音を阻んだ伝統…修羅場がもたらした財産
キャンプ負傷→指揮官は激昂 復帰急かされ…全身に広がった痛み、“破壊”された防御率
プロ11年目の1994年に16勝を挙げて赤ヘルの主力投手となった紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、そこから3年連続で2桁勝利をマークした。12年目の1995…
中日主砲が「全然、去年と違う」 半信半疑だった“大改造”…成功を確信したきっかけ
元広島右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、プロ11年目の1994年にキャリアハイの16勝をマークし、先発投手としてブレークした。恩師の山本和行投手コーチ…
「お前なんか使えねぇ」…植え付けられたマイナス思考 「0-4-4-3-3-0-1」を変えた出会い
広島監督に三村敏之氏が就任した1994年シーズン、紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は大きく飛躍した。プロ11年目の背番号11右腕は開幕当初こそリリーフだったが…
涙が溢れた“最後”の対面「ガリガリになられていて…」 胸に刻んだ覚悟「もう1回復活するから」
元赤ヘル右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)にとって、プロ9年目(1992年)は試練のシーズンだった。ここ数年の登板過多の影響もあったのだろう。右肘痛を発症…
祝勝会の記憶もなし「壊れる寸前」 大きな代償も…支えた亡き剛腕の“座右の銘”
1991年シーズンは山本浩二監督率いる広島がセ・リーグを制覇した。紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は当時、プロ8年目の右腕でVメンバーの1人だ。ほとんどが中継…
「地獄」だった広島の“酷使” 敵でさえ同情「大丈夫か?」…先輩に詰められる恐怖
元広島右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)はプロ6年目の1989年、オールリリーフの61登板で、4勝1敗7セーブ、防御率2.68の成績を残した。広島・山本浩…
「若造、手を挙げんかぁ!」コーチの一喝で代役決定 連日のブルペンに疲弊“昭和の起用法”
先発、中継ぎでフル回転した。元広島右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は背番号を55から12に変えた入団5年目の1988年にプロ初勝利をマークした。「谷間の…
午前4時の遭遇に「腰が抜けた」 広島の寮で大騒動…消えた“女性”を「あんたも見たんね」
広島市西区に、かつてあった広島カープの三篠寮(三省寮)は多くの赤ヘル戦士たちの思い出の場所だ。1983年ドラフト3位入団の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)にと…
「ストレート投げろ」大物助っ人が激怒 若手でも容赦なし…“騙し打ち”に爆発寸前
中京高(現・中京大中京)から広島入りした紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)のプロ初登板は4年目の1987年5月28日のヤクルト戦(広島)だ。4-4の8回からマウ…
広島右腕を襲った血行障害「箸も持てなかった」 手術→復帰直後に肩故障…覚悟した引退
広島など3球団で通算22年の現役生活を送った紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)だが、プロ3年目の1986年には引退を考えた時期があったという。2年目に血行障害、…
18歳で“地獄の登板”「イップスに」 大先輩から飛び交う罵声「どこ投げてるんだ」
中京高(現・中京大中京)から1983年ドラフト3位で広島入りした紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、プロ1年目(1984年)に1軍キャンプメンバーに選出された…
「俺なんか見に来ない」同級生に集まるプロの視線 社会人内定も…一転広島入りのワケ
1983年のドラフト会議で紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、広島から3位指名を受けた。中京高(現・中京大中京)ではエース・野中徹博投手(元阪急・オリックス、…
甲子園で散った最後の夏…「ホッとした」 待っていた“別れ”…広がった「忘れぬ」光景
広島市西区の株式会社EJフィールド代表取締役の紀藤真琴氏(元広島、中日、楽天投手)は、中京高(現・中京大中京)3年の1983年夏、甲子園大会に出場した。これが自身3度目の聖…
対峙した打率9割の“怪物”に「ウワっ」 忘れぬ大一番…超満員の球場で安堵「やったぜ」
大注目カードに勝利した。元広島右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、中京高(現・中京大中京)時代に春1回、夏2回、甲子園大会に出場した。1983年の高校3…
甲子園逃し…始まった“地獄の日々” 流血しても終わらぬノック、深夜まで8時間の罰走
広島など3球団でNPB通算78勝右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は中京高(現・中京大中京)で恩師の杉浦藤文監督によって徹底的に鍛えられた。「先生のおかげ…
甲子園連続出場も「行って当たり前」の“圧” おっかない先輩に震えた伝統校の宿命
広島などで活躍した右腕・紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は1982年の中京高2年時に春夏連続で甲子園を控え投手として経験した。出番は少なかったが「春は緊張しま…
「生意気だ」先輩差し置きベンチ入り 晒された“上下関係”…「一番ひどかった」
広島時代にエース格として3年連続2桁勝利を挙げた右腕・紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は1981年、中京高(現・中京大中京)に進学した。中京・杉浦藤文監督が「…
「逃げようかな」自宅に知らない車 猛烈勧誘に辟易…大先輩の誘いも蹴って選んだ道
元広島、中日、楽天右腕の紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は1978年、名古屋市立久方中学校の軟式野球部に入部した。当時の3年生エースはすでに高校球界から注目さ…
小学生で球速126キロ…プロも驚愕した“高校生超え” 確約されたNPB入り、怪物右腕の原点
広島など3球団でプレーし、先発でもリリーフでも活躍した右腕が紀藤真琴氏だ。現在は釣り竿「マコトに恐縮です」の販売やイベント企画などを手がける株式会社EJフィールド(広島市西…
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