ドラ1“匂わせ”の中日に「頭に来た」 2位でも呼ばれず…選ばれた「行きたくない球団」|球界群像 白武佳久#6
思わぬ結果だった。1982年11月25日、東京・飯田橋ホテルグランドパレスで開催されたドラフト会議で、日体大・白武佳久投手(現・広島スカウト統括部長)は広島から2位指名され…
ドラ1“匂わせ”の中日に「頭に来た」 2位でも呼ばれず…選ばれた「行きたくない球団」|球界群像 白武佳久#6
思わぬ結果だった。1982年11月25日、東京・飯田橋ホテルグランドパレスで開催されたドラフト会議で、日体大・白武佳久投手(現・広島スカウト統括部長)は広島から2位指名され…
プロ注目右腕が「体重60キロ台前半」 貧血、栄養失調…戻らぬ体「力が入らない」|球界群像 白武佳久#5
元広島、ロッテ投手の白武佳久氏(広島スカウト統括部長)は日体大時代、首都大学リーグで通算45試合に登板し、26勝8敗、防御率1.71の成績を残した。プロ注目右腕となり、19…
伝達係のはずが…告げられた“自分の名前” 牽制で作った肩、仰天継投に「誰も逆らえない」|球界群像 白武佳久#4
日本体育大野球部は1980年秋の首都大学リーグを制覇した。原辰徳内野手(当時大学4年、元巨人)らを擁する東海大の10連覇を阻止しての栄冠だった。その時の日体大2年で主力投手…
「これで稼げ」生活費捻出の“丼飯係”で思わぬ効果 毎朝600人分…磨きかかった武器|球界群像 白武佳久#3
広島スカウト統括部長の白武佳久氏(元広島、ロッテ投手)は長崎・佐世保工時代に夏の甲子園を経験し、授業料免除の特待生で日本体育大学に進学した。1年春からマウンドに上がり、勝ち…
進学校に敗れ往復ビンタ…46年前の忘れぬ“制裁” 休日は年1回、毎日乗った最終バス|球界群像 白武佳久#2
元広島、ロッテ投手の白武佳久氏(広島スカウト統括部長)は1978年の長崎・佐世保工3年夏に甲子園出場を果たした。これは悔しい春を乗り越えてのことだった。1977年の2年秋に…
「高校に行かんのは駄目」 広島・白武佳久の激変した人生…自衛隊希望も「受かってしまった」|球界群像 白武佳久#1
北別府学、山根和夫、大野豊、川口和久、津田恒実……。広島が「投手王国」と称された時代はそうそうたるメンバーだった。そんなハイレベルな陣容で「先発ローテーションの谷間」など限…
田尾安志が闘う“国指定の難病” 70歳も残る未練…楽天では「まだ監督までになっていなかった」|球界群像 田尾安志#21
中日、西武、阪神で活躍した元外野手で、楽天初代監督も務めた田尾安志氏は現在、国指定の難病「心アミロイドーシス」と闘いながら野球評論家として活動している。加えて自身の公式Yo…
ほぼ100敗→1年で解任も…予期せぬ胴上げ 「恥ずかしいからやめてくれ」楽天・田尾安志監督の最終戦|球界群像 田尾安志#20
あの光景は忘れられない。田尾安志氏(野球評論家)は中日、西武、阪神の3球団で活躍し、1991年に現役を引退。2005年には楽天初代監督を務めた。そんなプロ野球人生の中で最高…
「休養しろ」に納得できず…三木谷氏に直電 3年契約も1年でクビ、楽天初代監督・田尾安志の無念|球界群像 田尾安志#19
楽天初代監督の田尾安志氏(野球評論家)は2005年のわずか1シーズンで解任された。新規参入球団の1年目は38勝97敗1分。戦力的にあまりにも他球団と差がありすぎた。4月と8…
楽天は「もう100%最下位」 予期せぬオファーに苦悩…妻のひと声で決めた初代監督|球界群像 田尾安志#18
現役時代に中日、西武、阪神で活躍した田尾安志氏は2005年シーズン、新球団・楽天の初代監督を務めた。1991年シーズン限りで現役引退した後、野球評論家であるとともに、フジテ…
「今日でやめます」田尾安志、突然の引退表明に“大混乱” 阪神・中村監督の一言で…プツリと切れた気持ち|球界群像 田尾安志#17
最後は指揮官とのやり取りで決意した。田尾安志氏(野球評論家)は阪神在籍時の1991年シーズン限りで現役生活に幕を下ろした。前年の1990年は5年ぶりに規定打席に到達するなど…
阪神・村山監督が「僕をクビにしようと思っている」 “勝ちたい発言”で冷遇…田尾安志が抱いた違和感|球界群像 田尾安志#16
野球評論家の田尾安志氏は現役時代、中日、西武、阪神の3球団を経験した。阪神にはプロ12年目の1987年シーズンから在籍し、吉田義男監督、村山実監督、中村勝広監督の下でプレー…
「森さんの下ではやりたくない」 新天地2年でトレード志願…引き金は“清原問題”|球界群像 田尾安志#15
1985年春季キャンプ前、田尾安志外野手(現・野球評論家)はトレードで中日から西武に移籍した。広岡達朗監督の管理野球を学び、勉強になった1年だったが、成績は127試合、打率…
元ドラ1が電撃トレードで放出「嫌われていた」 スター絶頂期も…球団代表との根深い確執|球界群像 田尾安志#14
現役時代に通算1560安打を放った田尾安志氏(野球評論家)は、1985年のキャンプイン前に西武へ電撃移籍した。杉本正投手と大石友好捕手との2対1の交換トレードだった。「全然…
中日が逃した日本一、審判に困惑「なんで」 “阻止”された先制点…流れ変えた悲劇|球界群像 田尾安志#13
元中日外野手の田尾安志氏(野球評論家)はプロ7年目の1982年、リーグ2位の打率.350をマークするなどリーグ優勝に大きく貢献した。2勝4敗で敗れたものの、西武との日本シリ…
優勝決定もファンに“謝罪” 「こんなゲームで申し訳ない」…抗議の空振りに「もう振るな」|球界群像 田尾安志#12
1982年10月18日、中日は8年ぶり3度目のリーグ優勝を成し遂げた。シーズン最終130試合目の大洋(現DeNA)戦(横浜)に8-0で勝って決めた。負ければ巨人優勝という大…
「なめているのか」グラウンドでコーチと“大喧嘩” 代打も拒否…覚悟したトレード|球界群像 田尾安志#11
元中日外野手の田尾安志氏(評論家)はプロ7年目の1982年にリーグ優勝を経験した。129試合に出場してリーグ1位の174安打、同2位の打率.350をマークするなど大活躍だっ…
打率3割より「大事なものがある」 快挙目前で戦線離脱…1年越しに果たした“約束”|球界群像 田尾安志#10
元中日外野手の田尾安志氏(野球評論家)は、プロ6年目の1981年に初の打率3割(.303)を達成した。いよいよバット術が覚醒し、安打製造機ぶりを発揮していくことになるが、こ…
試合直前に「給料下げる」…球団代表が“問題発言” 元ドラ1、中日フロントと関係悪化|球界群像 田尾安志#9
歯がゆいシーズンが続いた。元中日外野手の田尾安志氏(野球評論家)はプロ1年目の1976年に新人王に輝いたが、2年目以降、納得いく数字をなかなか残せなかった。「プロには1年目…
ドラ1入団も…屈辱の“代打要員”「あかんわ」 指揮官に落胆、異例の2軍降格直訴|球界群像 田尾安志#8
同志社大から中日にドラフト1位で入団した田尾安志外野手(現・野球評論家)はプロ1年目の1976年、セ・リーグ新人王に輝いた。成績は67試合、166打数46安打の打率.277…
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