進学予定から“心変わり”も…「なんだろう、この人」 予期せぬエースの英才教育|球界群像 鈴木孝政#5

元中日・鈴木孝政氏【写真:共同通信社】元中日・鈴木孝政氏【写真:共同通信社】

鈴木孝政氏は1年目キャンプで星野仙一の練習パートナーに指名された

 1973年。プロ1年目の浜松キャンプではエース・星野仙一投手から練習パートナーに指名された。中日OB会長で野球評論家の鈴木孝政氏の現役生活は実質、そこから始まった。「ちょっと来いと言われて、キャッチボールとかペッパーとか、体操とか、ひとりでできないものは全部、仙さんと一緒だった。なんだろう、この人って思ったけどね」。高卒ルーキーへの星野流の英才教育に加えて、1年目のオープン戦では南海・野村克也監督兼捕手の「ボヤキ」に自信を深めたという。

 星野氏からの指名は突然だった。「なんで俺なんだろうって思った。本人に聞いていないけど、きっと(明大監督の)島岡さんから一報が入っていたのだろうと思う。こういうのが行くから面倒見てやってくれってね」。鈴木氏は当初、明大進学予定だった。ドラフト1位した中日に口説かれて“心変わり”したが、島岡監督は、そんな鈴木氏のことを明大出身の教え子である星野氏に託したのではないか。そう思えるほど、練習中にはいつもそばに星野氏がいたそうだ。

「英才教育? 何かそんな感じだったね。俺は練習パートナーを指名する権利がなかったけど、仙さんにはあったからね。それもあとから考えたらラッキーだったと思う」。いろいろ連れて行ってくれたという。星野氏のおかげで、プロのキャンプにもスッと溶け込めた。キャンプ終盤の紅白戦では3者連続三振デビュー。「そのうちの一人が(主軸打者の)谷沢(健一)さんだった。翌日のスポーツ各紙は1面だったのも覚えている」。

 キャンプ宿舎ではバイキングを初体験。「これ全部食べていいんですかってマネジャーに聞いた。食べられたら食べていいって言われたけどね。こんなご馳走が食べれるのって感動した。夕飯が楽しみだった。スゲー豪華だなって思ったね、プロ野球は」。

南海戦で好投…野村克也監督から「お前、どこから来たんや」

 それにしても初々しい。まだ18歳の右腕はそんな感じでプロの道を歩み始め、オープン戦では主戦投手のように投げた。平和台球場での太平洋戦では勝利投手になって、社長賞をもらった。賞金5000円が入った封筒は実家の神棚にずっと貼ってあったという。

 長野県飯田市での南海戦も忘れられない。ダブルヘッダー1戦目に先発し、6回無失点に抑えた。2試合目はネット裏でスコアブックをつけながらの見学だったが「そこへつかつかっと野村さんがやってきて“お前、どこから来たんや”と聞かれた」。直立不動で「千葉県の成東高校から来ました」と答えると、野村氏はボソッと「ウチのスカウトはどこ見とるんや」とボヤいたという。

「野村さんはボヤいただけだが、これは自信になったね。そういうのに出会ったのも俺は運が良かったと思う」と鈴木氏は声を大にした。

 数年後、野村氏に「すごい自信になりました」とその頃の話をしたという。「野村さんは“そんな話したんか。覚えてない”って言っていたけどね」。星野氏と野村氏。プロ野球界に大きな影響を与えた偉大な2人にプロ1年目の開幕前から接することができたのは鈴木氏にとって大きなプラスになった。

(山口真司 / Shinji Yamaguchi)

球界群像〜鈴木孝政編〜

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